・・・「ほんとうに、油断がなりませんのね。あなたが注意してくださらなければ、もうちょっとでわたしは、網にかかるところでした。」と、ちょうは、花弁の上にとまって、心から感謝しました。「ご機嫌よう」 日が暮れかかる前に、ちょうと花とは、た・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・若い身空でありながらわざと入れようとしないのは、むろん不精からだろうが、それがかえって油断のならない感じかも知れない。精悍な面魂に欠けた前歯――これがふと曲物のようなのだ。いずれにしても一風変っている。 変っているといえば、彼は兵古帯を・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・だからお前さんさえ開閉を厳重に仕ておくれなら先ア安心だが、お前さんも知ってるだろう此里はコソコソ泥棒や屑屋の悪い奴が漂行するから油断も間際もなりや仕ない。そら近頃出来たパン屋の隣に河井様て軍人さんがあるだろう。彼家じゃア二三日前に買立の銅の・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・一番骨が折れた。一番油断がならなかった。黒河からやってくる者たちは、何物も持たず、何物をも求めず、ただプロレタリアートの国の集団農場や、突撃隊の活動や、青年労働者のデモを見たいがためにやってくる。そういう風に見える。しかし、なかには、大褂児・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 今にも火蓋を切ろうとしていた、彼等の緊張はゆるんだ。油断をすることは出来なかった。が、このまゝ、暫らく様子を見ることにした。 どちらも、後方の本陣へ伝令を出すこともなく、射撃を開始することもなく、その日はすぎてしまった。しかし、不・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・どうして油断も隙もなりはしない。波の中に舟を操っているようなものである。波瀾重畳がこの商買の常である。そこへ素人が割込んだとて何が出来よう。今この波瀾重畳険危な骨董世界の有様を想見するに足りる談をちょっと示そう。但しいずれも自分が仮設したの・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ですから、しじゅう、ちょっとも油断をしませんでした。いつだれが、どんな手だてをめぐらして、自分を殺すかも分らないのです。ディオニシアスはそのために、最後にはもうどんな人をでも疑わないではおかないようになりました。 彼は牢屋の後にある、大・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・まったく油断が、できないのです。ミステフィカシオンが、フランスのプレッシュウたちの、お道楽の一つであったそうですから、兄にも、やっぱり、この神秘捏造の悪癖が、争われなかったのであろうと思います。 兄がなくなったのは、私が大学へはいったと・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・けれども、悲しいかな、この男もまた著述をなして居るとすれば、その外面の上品さのみを見て、油断することは出来ません。何となれば、芸術家には、殆ど例外なく、二つの哀れな悪徳が具わって在るものだからであります。その一つは、好色の念であります。この・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・一方のすみには熊鷹のような悪漢フレッドの一群が陣取って何げないふうを装って油断なくにらまえている。ここで第三者たる観客はまさに起こらんとする活劇の不安なしかも好奇な期待に緊張しながら、交互にあちらを見たりこちらを見たりして、そうして自分も劇・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫