・・・ ――その足を怪我してるんだから、医者を連れて来て、治療さしてくれよ。それもいやなら、それでもいいがね。 ――どうしたんです。足は。 ――御覧の通りです。血です。 ――オイ、医務室へ行って医師にすぐ来てもらえ! そして薬箱を・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・抑も子宮の字は洋語の Uterusに当り、相互直訳の文字にして、西洋諸国に於ては医師社会に限りて之を用い、診察治療の必要に迫れば極内々に患者又は其家人に之を告ぐるのみ。医事に関する要談の外に、西洋国人の口よりユーテルスの語を聞かんと欲するも・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・――つまり仕事の間にここへやってきて治療して貰うらしいけれど、その時間は、やっぱり八時間の労働時間にくり入れられるんでしょうか」「そうですとも。丈夫な体になっていなければ立派な働きもできないわけじゃありませんか。わたしたちには工場も健康・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・真に科学的にその病原を追究して、科学の方法によって治療することを知っている医者を求める、癒りたい、という欲求をはっきり押し出して、医者をさがす。それこそ人間の当然のやりかたである。人民の社会生活が戦争犯罪的権力によって破壊された今日、それを・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・フランス婦人協会の費用で光線治療車というものを作った。これはヨーロッパでもはじめての試みであった。普通の自動車にレントゲン装置と、モーターと結びついて動く発電機を取りつけたもので、この完全な移動X光線班は一九一四年八月から各病院を廻り始めた・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・不具になる程のことはなかったが、眉間と額との傷はのこるだろうと書いてあり、治療所のベッドから書かれたものであった。そして、その負傷のしかたが、突撃中ではなく、而もいかにもまざまざと戦地の中に置かれた身の姿を思い描かしめるような事情においてで・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・後で分ったことであるがそこの済生会病院では軍医の玉子が治療をした。そんな命がけの手術をするのに、そこを切れ、あすこを切れと、指図されるような不熟練者が執刀した。手術後、ガーゼのつめかえの方法をいい加減にしたので、膿汁が切開したところから出き・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・その時は、オリザニンの注射その他の治療で直そうとし、大して苦情なく暮すようになって、貴方に初めてお目にかかれた十二月初旬には、もう自分の体のことなどお話する必要なく感じて居たのでした。今度は淀橋にいた時から注意をそこに集めていましたが徐々に・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 花房は興味ある casus だと思って、父に頼んでこの病人の治療を一人で受け持った。そしてその経過を見に、度々瓶有村の農家へ、炎天を侵して出掛けた。途中でひどい夕立に逢って困った事もある。 病人は恐ろしい大量の Chloral を・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・これは医道のことなどは平生深く考えてもおらぬので、どういう治療ならさせる、どういう治療ならさせぬという定見がないから、ただ自分の悟性に依頼して、その折り折りに判断するのであった。もちろんそういう人だから、かかりつけの医者というのもよく人選を・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫