・・・その中でもまたおもしろかったのは道化た西洋の無頼漢が二人、化けもの屋敷に泊まる場面である。彼らの一人は相手の名前をいつもカリフラと称していた。僕はいまだに花キャベツを食うたびに必ずこの「カリフラ」を思い出すのである。 二四 ・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 在所には、旦那方の泊るような旅館がない。片原の町へ宿を取って、鳥博士は、夏から秋へかけて、その時々。足繁くなると、ほとんど毎日のように、明神の森へ通ったが、思う壺の巣が見出せない。 ――村に猟夫が居る。猟夫といっても、南部の猪や、・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ お松も家を出て来る時には、一晩泊るつもりで来たものの、来て見ての様子で見ると、此の上一晩泊ったら、愈別れにくくなると気づいて、おそくも帰ろうとしたのだが、自分が少しもお松を離れないので、帰るしおが無かった。お松にはとても顔見合って別れ・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・ほんとうに、みなさんが赤い鳥が呼んでほしいならば、どうか、私に、今夜泊まるだけの金をください。私は、すぐに呼んでみせましょう。」といいました。 群衆の中には、酒に酔った男がいました。「ああ、呼んでみせろ! もし、おまえが呼んでみせた・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・彼は、ほかにいって泊まるところがなかったからです。 この木賃宿には、べつに大人の乞食らがたくさん泊まっていました。そして、彼らは、その日いくらもらってきたかなどと、たがいに話し合っていました。「俺は、一日じゅう人の顔さえ見れば、哀れ・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ 夜になったときに、お姫さまは、みんな自分のような貧しいようすをした旅人ばかりの泊まる安宿へ、入って泊まることになされました。そこには、ほんとうに他国のいろいろな人々が泊まり合わせました。そして、めいめいに諸国で見てきたこと、また聞いた・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・そのホクロを見ながら、私は泊るところがないからこうしているのだと答えました。まさか死のうと思っていたなどと言えない。男はじっと私の顔を見ていましたが、やがて随いてこいと言って歩きだしました。私は意志を失ったように随いて行きました。 公園・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・その会話は、オーさんという客が桃子という芸者と泊りたいとお内儀にたのんだので、お内儀が桃子を口説いている会話であって、あんたはここに泊るか、それとも帰るかというのを、「おいやすか、おいにやすか」といい、オーさんは泊りたいと言っているというの・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・宿屋に泊るといっても、大阪のどこへ行けば宿屋があるのか、おまけに汽車の中で聴いた話では、大阪中さがしても一現で泊めてくれるような宿屋は一軒もないだろうということだ。良い思案も泛ばず、その夜は大阪駅で明かすことにしたが、背負っていた毛布をおろ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そして着いた夜あるホテルへ泊まるんですが、夜中にふと眼をさましてそれからすぐ寝つけないで、深夜の闇のなかに旅情を感じながら窓の外を眺めるんです。空は美しい星空で、その下にウィーンの市が眠っている。その男はしばらくその夜景に眺め耽っていたが、・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫