・・・何でも一度なぞは勇之助が、風か何か引いていた時、折悪く河岸の西辰と云う大檀家の法事があったそうですが、日錚和尚は法衣の胸に、熱の高い子供を抱いたまま、水晶の念珠を片手にかけて、いつもの通り平然と、読経をすませたとか云う事でした。「しかし・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・そうして、懇ろにおじいさんを葬って、みんなで法事を営みました。「ほんとうに、だれからでも慕われた、徳のあるおじいさんだった。」と、人々はうわさをいたしました。 また、二十年たち、三十年たちました。おじいさんの墓のそばに植えた桜の木は・・・ 小川未明 「犬と人と花」
・・・また、故郷へ帰ってきてからも、母親のお墓におまいりをしたばかりで、まだ法事も営まなかったことを思い出しました。 あれほど、母親は、自分をかわいがってくれたのに、そして、死んでからもああして自分の身の上を守ってくれたのに、自分はそれに対し・・・ 小川未明 「牛女」
・・・これで百カ日の法事まですっかりすんだというわけであった。「その代り三年忌には、どうかしたいと思いますね。その時にはいっしょの仏様もだいぶあるようだから。今度はこんなことでおやじに勘弁してもらおう」と、私は父とは従妹の、分家のお母さんに言・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・そこで何か法事のような儀式が行なわれているか、あるいはこれから行なわれようとしているらしい。自分はいつのまにか紋付き袴の礼装をしている。自分の前に向き合って腰かけた男が、床上にだれかが持って来て置いた白い茶わんのようなものを踏むとそれがぱち・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ それから、つい近年まで、法事のあるたんびに、日が同じだからと云うんで、忰の方も一緒にお供養下すって、供物がお国の方から届きましたが、私もその日になると、百目蝋燭を買って送ったり何かしたこともござえんしたよ。 ……それで仲間の奴等時・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ ところで、十三日は母の命日故、一睡もしないうち林町へ法事に出かけ前後一週間、眠ったのかおきたのか分らぬ勢で仕事をしたためすっかり疲れ、未だに体がすこし参って居ります。 手紙は大変御無沙汰になって日づけを見ると、殆ど一ヵ月近くかかな・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫