・・・田代君は私より一二年前に大学を卒業した、秀才の聞えの高い法学士である。且また私の知っている限り、所謂超自然的現象には寸毫の信用も置いていない、教養に富んだ新思想家である、その田代君がこんな事を云い出す以上、まさかその妙な伝説と云うのも、荒唐・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・君がこうやッて村立尋常小学校の校長それも最初はただの教員から初めて十何年という長い間、汲々乎として勤めお互いの朋輩にはもう大尉になッた奴もいれば法学士で判事になった奴もいるのを知らん顔でうらやましいとも思わず平気で自分の職分を守っている。も・・・ 国木田独歩 「郊外」
兄妹、五人あって、みんなロマンスが好きだった。長男は二十九歳。法学士である。ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さを庇う鬼の面であって、まことは弱く、とても優しい。弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 長男は二十九歳。法学士である。ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さを庇う鬼の面であって、まことは弱く、とても優しい。弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ、愚作だと言いながら、その映画のさむらいの義理・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・恭二君はその次男で、兄は重雄、法学博士で現に京都大学教授である。恭二君は明治十年十月二十四日東京で生れ、芝桜田小学校から日本中学校に入り故杉浦重剛氏の薫陶を受けた。第一高等学校を経て東京帝国工科大学造船学科へ入学し、明治三十三年卒業した。高・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・名刺をもらって見るとそれは某大学の留学生で法学士のN氏であった。N氏の話によると自分の旧知のK氏が今ちょうどドイツからイタリア見物の途上でナポリに来ているとの事であった。自分は会いたかったが出帆前にとてもそれだけの時間はなかった。思いもかけ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・余は法学士である、刻下の事件をありのままに見て常識で捌いて行くよりほかに思慮を廻らすのは能わざるよりもむしろ好まざるところである。幽霊だ、祟だ、因縁だなどと雲を攫むような事を考えるのは一番嫌である。が津田君の頭脳には少々恐れ入っている。その・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ところが世間に向ってはただ医学博士、文学博士、法学博士として通っているからあたかも総ての知識をもっているかのように解釈される。あれは文部省が悪いのかも知れない。虎列剌病博士とか腸窒扶斯博士とか赤痢博士とかもっと判然と領分を明らかにした方が善・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ ある人いわく、慶応義塾の学則を一見し、その学風を伝聞しても、初学の輩はもっぱら物理学を教うるとのこと、我が輩のもっとも賛誉するところなれども、学生の年ようやく長じて、その上級に達する者へは、哲学・法学の大意、または政治・経済の書をも研究・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・日本の十数万人の旧治安維持法の被害者はもちろん、涜職、詐欺、窃盗、日本の法律によってとりしらべられたすべての人々で、刑事や検事からこの言葉をきかされなかった者はおそらく一人もないだろう。法学博士で大臣だった三土忠造でさえ、一九二九年か三〇年・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫