目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にいても、よく見えた。清水へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓をかけた法師が通る。壺装束をした女が通る。その後からは、めずらしく、黄牛に曳かせた網代車・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・たとえば昔仁和寺の法師の鼎をかぶって舞ったと云う「つれづれ草」の喜劇をも兼ねぬことはない。 恋は死よりも強し「恋は死よりも強し」と云うのはモオパスサンの小説にもある言葉である。が、死よりも強いものは勿論天下に恋ばかりでは・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・現についこの間も、ある琵琶法師が語ったのを聞けば、俊寛様は御歎きの余り、岩に頭を打ちつけて、狂い死をなすってしまうし、わたしはその御死骸を肩に、身を投げて死んでしまったなどと、云っているではありませんか? またもう一人の琵琶法師は、俊寛様は・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・検非違使に問われたる旅法師の物語 あの死骸の男には、確かに昨日遇って居ります。昨日の、――さあ、午頃でございましょう。場所は関山から山科へ、参ろうと云う途中でございます。あの男は馬に乗った女と一しょに、関山の方へ歩いて参りま・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・わ法師も金鼓を外したらどうじゃ。そこな侍も山伏も簟を敷いたろうな。「よいか、支度が整うたら、まず第一に年かさな陶器造の翁から、何なりとも話してくれい。」 二 翁「これは、これは、御叮嚀な御挨拶で、下賤な私ど・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ と膝を割って衝と手を突ッ込む、と水がさらさらと腕に搦んで、一来法師、さしつらりで、ついと退いた、影も溜らず。腕を伸ばしても届かぬ向こうで、くるりと廻る風して、澄ましてまた泳ぐ。「此奴」 と思わず呟いて苦笑した。「待てよ」・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 薄手のお太鼓だけれども、今時珍らしい黒繻子豆絞りの帯が弛んで、一枚小袖もずるりとした、はだかった胸もとを、きちりと紫の結目で、西行法師――いや、大宅光国という背負方をして、樫であろう、手馴れて研ぎのかかった白木の細い……所作、稽古の棒・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・「小児は影法師も授りません。……ただあやかりとう存じます。――写真は……拝借出来るのでございましょうか。」 舌はここで爛れても、よその女を恋うるとは言えなかったのである。「どの、お写真。」 と朗に、しっとり聞えた。およそ、妙・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 小宮山は三蔵法師を攫われた悟空という格で、きょろきょろと四辺をみまわしておりましたが、頂は遠く、四辺は曠野、たとえ蝙蝠の翼に乗っても、虚空へ飛び上る法ではあるまい、瞬一つしきらぬ中、お雪の姿を隠したは、この家の内に相違ないぞ、這奴! ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 時に一縷の暗香ありて、垣の内より洩れけるにぞ法師は鼻を蠢めかして、密に裡を差覗けば、美人は行水を使いしやらむ、浴衣涼しく引絡い、人目のあらぬ処なれば、巻帯姿繕わで端居したる、胸のあたりの真白きに腰の紅照添いて、眩きばかり美わしきを、蝦・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
出典:青空文庫