・・・の功利的満足を与えんとはせずに、常に彼らを高め、導き、精神的法悦と文化的向上とに生きる高貴なる人格たらんことをすすめ、かくて理想的共同体を――究竟には聖衆倶会の地上天国を建設せんがために、自己を犠牲にして奔命する者、これこそまことの予言者で・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・たみやげにほんとうの幻燈器械と数十の映画を買って帰ったので、長い間の希望はついに実現されたわけであるが、妙なことにこの遂げられた希望の満足に関する記憶の濃度のほうが、かの失敗した試みに伴のうた強烈なる法悦の記憶に比べてかえって希薄である。・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・教育機関の立派になったお蔭でわれわれは学問することの法悦を奪われたというと同じ逆説的な申分ではあるが、いくらかそういう感じがなくはないであろう。 以上のような理由からして、自分と自分の宅のラジオとの交渉はかなり疎遠なものであった。それで・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・されども遂にその苦行の無益を悟り山を下りて川に身を洗い村女の捧げたるクリームをとりて食し遂に法悦を得たのである。今日牛乳や鶏卵チーズバターをさえとらざるビジテリアンがある。これらは若し仏教徒ならば論を俟たず、仏教徒ならざるも又大に参考に資す・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・戦線の兵士たちが可愛い。法悦が顔にあらわれている。「神の子のような顔をした」兵士達云々と云っている林氏のロマンチシズムの横溢は、岡本かの子氏が昨今うたわれる和歌の或るものとともに、恐らく「神の子」たちの現実的な感情にとってはすぐ何のことか会・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・十一時出航、 自分から出した手紙の抜粋、三月一日付、 今日のように春らしい日差しに成って暖で、雨が降ってやんで、水たまりに日が写って居ると法悦に近いような喜びに胸を打れます。総ての人が幸福にならなければなりません。・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・「野蛮な芸術的法悦に云々」――伸子は野バンナという形容詞にはっとした、それは彼女が感じていたものだったが、ヤバンと云い切れなかったものだった、 芸術至上主義者であって、そうあり切れなかった彼、強くリアリスティックになれない彼、ロマンテ・・・ 宮本百合子 「「敗北の文学」について」
・・・ この気持ちのよさは我々がすべての活動に追い求めている所の一種の法悦であった。我々の内にもまた、生の焔はかく燃え上がらなくてはいけない。まことにそれは生本来の姿であり、また生本来の歓喜である。 こうして漁師の群れの活動をながめている・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫