・・・ どんな、複雑した、また、波瀾に富んだ事件であろうと、それについて真に深刻なる人生味を感ずる者は、実に、この経験者自身を措いて、他には決してないであろう。 所詮、芸術は、いかに如実に、現実を再現しようとしても、たゞ、事件それのみを語・・・ 小川未明 「何を作品に求むべきか」
・・・波の中に舟を操っているようなものである。波瀾重畳がこの商買の常である。そこへ素人が割込んだとて何が出来よう。今この波瀾重畳険危な骨董世界の有様を想見するに足りる談をちょっと示そう。但しいずれも自分が仮設したのでない、出処はあるのである。いわ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・人情は飜覆して洞庭湖の波瀾に似たり。」と洒落た事を言って立ち去る。 魚容はまだ夢の続きを見ているような気持で、呆然と立って農夫を見送り、それから振りかえって楓の梢にむらがる烏を見上げ、「竹青!」と叫んだ。一群の烏が驚いて飛び立ち、ひ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・一方では季題や去り嫌いや打ち越しなどに関する連句的制約をある程度まで導入して進行の沈滞を防ぎ楽章的な形式の斉整を保つと同時に、また映画の編集法連結法に関するいろいろの効果的様式を取り入れて一編の波瀾曲折を豊富にするという案である。 なん・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・部分は部分において一になり、全体は全体において一とならんとする大渦小渦鳴戸のそれも啻ならぬ波瀾の最中に我らは立っているのである。この大回転大軋轢は無際限であろうか。あたかも明治の初年日本の人々が皆感激の高調に上って、解脱又解脱、狂気のごとく・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・そしてこの広い一室の中にはあらゆる階級の男女が、時としてはその波瀾ある生涯の一端を傍観させてくれる事すらある。Henri Bordeaux という人の或る旅行記の序文に、手荷物を停車場に預けて置いたまま、汽車の汽笛の聞える附近の宿屋に寝泊り・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 戦争前の茶番がかった芝居には、それでも浅草という特種な雰囲気が漂っているものもたまには見られない事もなかったが、今ではそういう写実風の妙味は次第に失われて、脚色の波瀾と人物の活動とを主とする傾が早くも一つの類型をなしているようになった・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・――話は要領を得ずにすんでしまったが、私にはやッぱり構造、譬えば波瀾、衝突から起る因果とか、この因果と、あの因果の関係とか云うものが第一番に眼につくんです。ところがそれがあんまり善くできていないじゃありませんか。あるものは私の理性を愚弄する・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・なかなかもって抑揚頓挫波瀾曲折の妙を極めるだけの材料などは薬にしたくも持合せておりません。とそう言ったところで何もただボンヤリ演壇に登った訳でもないので、ここへ出て来るだけの用意は多少準備して参ったには違ないのです。もっとも私がこの和歌山へ・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・しからざればいらざる風濤の描写を割いて、主人公の身辺に起る波瀾成行をもう少し上手に手際よく叙したらば好かろうと思う。 普通の小説のような脚色がありながら、その方の筋はいっこうできていないで、かえって自然力の活動ばかり目醒しいので、余はこ・・・ 夏目漱石 「コンラッドの描きたる自然について」
出典:青空文庫