・・・気持ち悪げに泣き叫ぶ赤坊の股の下はよくぐしょ濡れになっていた。 お前たちは不思議に他人になつかない子供たちだった。ようようお前たちを寝かしつけてから私はそっと書斎に這入って調べ物をした。体は疲れて頭は興奮していた。仕事をすまして寝付こう・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・と、今度、赤ちゃんは、大声を上げて泣き出してしまいました。お母さんは、お困りになりました。「さあ、チンチンゴーゴーを見てきましょうね。」と、泣き叫ぶ、赤ちゃんを抱いて立ち上がられました。「お母さん、どこへゆくの?」と、義ちゃんは、も・・・ 小川未明 「僕は兄さんだ」
・・・エトルをだらしなく巻きつけ、地下足袋、蓬髪無帽という姿の父親と、それから、髪は乱れて顔のあちこちに煤がついて、粗末極まるモンペをはいて胸をはだけている母親と、それから眼病の女の子と、それから痩せこけて泣き叫ぶ男の子という、まさしく乞食の家族・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ 七つ八つの私は、それを見て涙を流したのであるが、しかし、それは泣き叫ぶ子供に同情したからではなかった。義のために子供を捨てる宗吾郎のつらさを思って、たまらなくなったからであった。 そうして、それ以来、私には、宗吾郎が忘れられなくな・・・ 太宰治 「父」
・・・数枝、振り向きもせず、泣き叫ぶ睦子を抱いて、階段をのぼりはじめる。和服の裾から白いストッキングをはいているのが見える。伝兵衛、あがく。あさ、必死にとどめる。――幕。 第二幕幕あくと、舞台は・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・下りの方のプラットフォームには、沢山の人が居、それが泣き叫ぶ声、救を求める声、言語に絶す。それから国男はすぐ汽車を出、レールにつかまって第二のゆり返しをすごす。それから鎌倉の方に行くものを誘い、歩いて、トンネルくずれ、海岸橋陥落のため山の方・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・私は、弱い女が死に者狂いで泣き叫ぶ声や、いとけない子供が死にかかって母親をさがす、そう云う声が好物だ。ヴィンダー 愈事は順調に運ぶ。彼方此方の隅々から赤い焔がふき出したぞ。ほら、壊れた、脆い、木造りの梁に火の粉がとびつく。ぱっと拡がる。・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・トルストイが、あのように力をこめて、無実の罪を主張して泣き叫ぶカチューシャにシベリア流刑を宣告する裁判官の、無情な非人間さを描破したのは、なぜだったろう。法律は、権力者によって自分に都合のいいように使われるが、真実の罪は、罪ありとしてさばか・・・ 宮本百合子 「動物愛護デー」
・・・バルザックはどうしても文学をやるのだと云って「大声に泣き叫ぶ」騒動を演じた。 母のとりなし、特に妹のロオルの支持で、バルザックの作家志望は遂にきき届けられた。然し、それには一つ妙な、父親の地方人らしい、実利的な条件がついた。二年間だけ好・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫