・・・チョッ泣虫が揃ってら。面白くもない!」 自分は形無し。又も文句に塞ったが、気を引きたてて父の写真を母の前に置きながら「父上さんをお伴れ申してのお願いで御座います。母上さん、何卒……お返しを願います、それでないと私が……」と漸との思で・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 無垢とは泣虫のことなの? あああ、何をまた、そんな蒼い顔をして、私を見つめるの。いやだ。帰って下さい。あなたは頼りにならないお人だ。いまそれがわかった。驚いて度を失い、ただうろうろして見せるだけで、それが芸術家の純粋な、所以なのですか。お・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ぼくには、太宰治が泣き虫に見えてならぬ。ぼくが太宰治を愛する所以でもあります。暴言ならば多謝。この泣き虫は、しかし、岩のようだ。飛沫を浴びて、歯を食いしばっている――。ずいぶん、逢わないな。―― He is not what he was.・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・物腰がやわらかで、無口で、そうして、ひどい泣き虫の女であった。けれども、吠え狂うような、はしたない泣き方などは決してしない。童女のような可憐な泣き方なので、まんざらでない。 しかし、たった一つ非常な難点があった。彼女には、兄があった。永・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・実際弱虫の泣虫にはちがいなかったが、それでも曲った事や無法な事に負かされるのは大嫌いであった。無理の圧迫が劇しい時には弱虫の本性を現してすぐ泣き出すが、負けぬ魂だけは弱い体躯を駆って軍人党と挌闘をやらせた。意気地なく泣きながらも死力を出して・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・其が、完く、泣虫寺のおしょうの見たように踊り廻り、とっ組み合い、千変万化の姿態で私の前に現れます。 その一つ一つに、何か不具なところが在るように思われます。この不具は、存在の全部を否定するものではございませんが、兎に角、何か不具なところ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫