・・・この家の二、三年前までは繁盛したことや、近ごろは一向客足が遠いことや、土地の人々の薄情なことや、世間で自家の欠点を指摘しているのは知らないで、勝手のいい泣き言ばかりが出た。やがてはしご段をあがって、廊下に違った足音がすると思うと、吉弥が銚子・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・貧乏咄をして小遣銭にも困るような泣言を能くいっていても、いつでもゾロリとした常綺羅で、困ってるような気振は少しもなかった。が、家を尋ねると、藤堂伯爵の小さな長屋に親の厄介となってる部屋住で、自分の書斎らしい室さえもなかった。緑雨のお父さんと・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・お徳が朝から晩まで炭が要る炭が高価いて泣言ばかり言うのも無理はありませんわ」「だって炭を倹約して風邪でも引ちゃ何もなりや仕ない」「まさかそんなことは有りませんわ」「しかし今日は好い案排に暖かいね。母上でも今日は大丈夫だろう」と両・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・彼の気質の中には政治家の泣き言の意味でない本来の意味の是々非々の態度を示そうとする傾向があった。それがために彼は三島の宿のひとたちから、ならずもの、と呼ばれて不潔がられていた。次郎兵衛は商人根性というものをきらった。世の中はそろばんでない。・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・これに反して先生が自分の仕事を横取りしたといって泣き言を言うような弟子が一本立ちになって立派な独創力を発揮する場合はわりに少ないようである。これは当然のことであろう。 以上とはまた反対の場合もたくさんある。陶工が凡庸であるためにせっかく・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・そうして委細の泣き言の陳述を黙って聞いてくれたが、もちろん点をくれるともくれないとも言われるはずはなかった。とにかくこの重大な委員の使命を果たしたあとでの雑談の末に、自分は「俳句とはいったいどんなものですか」という世にも愚劣なる質問を持ち出・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・愚図愚図泣言を云うない。俺にゃ覚悟が出来てるんだ。手前の方から喧嘩を吹っかけたんじゃねえか」 私は、実は歩くのが堪えられない苦しみであった。私の左の足は、踝の処で、釘の抜けた蝶番見たいになっていたのだ。「お前は、そんな事を云うから治・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
出典:青空文庫