・・・勝治の死体は、橋の杙の間から発見せられた。 勝治の父、母、妹、みんな一応取り調べを受けた。有原も証人として召喚せられた。勝治の泥酔の果の墜落か、または自殺か、いずれにしても、事件は簡単に片づくように見えた。けれども、決着の土壇場に、保険・・・ 太宰治 「花火」
・・・私は、くるしいくらいに泥酔していた。地方文化、あなどるべからず、ナンマンダ、ナンマンダ、などと、うわごとに似たとりとめない独り言を呟いて、いつのまにか眠ったようだ。 ふと、眼をさました。眼をさました、といっても、眼をひらいたのではない。・・・ 太宰治 「母」
・・・ 宵の大津をただふらふら歩き廻り、酒もあちこちで、かなり飲んだ様子で、同夜八時頃、大津駅前、秋月旅館の玄関先に泥酔の姿で現われる。 江戸っ子らしい巻舌で一夜の宿を求め、部屋に案内されるや、すぐさま仰向に寝ころがり、両脚を烈しくばたば・・・ 太宰治 「犯人」
・・・私はそのひとのお嬢さんにつまらぬ物をお土産として持って行って、そうして、泥酔するまで飲んで来るのである。以上の四つが、なぜそのひとが私にとって、れいの「唯一のひと」であるかという設問の答案なのであるが、それがすなわちお前たち二人の恋愛の形式・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・その夜、火消したちは次郎兵衛の新居にぎっしりつまって祝い酒を呑み、ひとりずつ順々に隠し芸をして夜を更しいよいよ翌朝になってやっとおしまいのひとりが二枚の皿の手品をやって皆の泥酔と熟睡の眼をごまかし或る一隅からのぱちぱちという喝采でもって報い・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ 五 人間で描いた花模様 近ごろ見た映画「泥酔夢」というのは、話の筋もアメリカ式のふざけたもので主題歌などもわれわれ日本人には別におもしろいとも思われないが、しかしこの映画の劇中劇として插入されたレヴューの場面にいろ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 軽井沢から沓掛へ乗った一人の労働者が、ひどく泥酔して足元があぶないのに、客車の入り口の所に立ってわめいている。満州国がどうして日本帝国がどうかしたといったような事を言って相手を捜している。客車の中から一人洋服を着た若い学校の先生らしい・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・然しながら、妻が、泥酔した夫や花柳病にかかっている夫との性的交渉を拒絶すべき母として当然の権利を、擁護してはいないのである。性別は染色体の問題であることを私達は知っている。染色体はそれを包蔵する細胞の健康状態と勿論結びついた関係にある。互に・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ファシズムそのものが、理性の泥酔であるのだから。 わたしは、切実にそう感じた。しかし、その席につらなった或る種の人は「酒があるのでほっとした」と語ったそうだ。そしてその言葉で、わたしの感じかたは、酒をたしなまない女のかたくるしさ、いつも・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・彼の周囲には、泥酔や喧嘩や醜行やが終りのない堂々めぐりで日夜くりかえされている。だが、それらすべては何のために在るのだろう。 スムールイは、麦酒を飲みながらしみじみとゴーリキイに云った。「お前がもう少し大きかったら、いろんなことを教・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫