・・・ しかし、内蔵助の笑わなかったのは、格別二人の注意を惹かなかったらしい。いや、人の好い藤左衛門の如きは、彼自身にとってこの話が興味あるように、内蔵助にとっても興味があるものと確信して疑わなかったのであろう。それでなければ、彼は、更に自身・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・スコッチの旅行服の襟が首から離れるほど胸を落として、一心不乱に考えごとをしながらも、気ぜわしなくこんな注意をするような父だった。 停車場には農場の監督と、五、六人の年嵩な小作人とが出迎えていた。彼らはいずれも、古手拭と煙草道具と背負い繩・・・ 有島武郎 「親子」
・・・と題する魚住氏の論文は、今日における我々日本の青年の思索的生活の半面――閑却されている半面を比較的明瞭に指摘した点において、注意に値するものであった。けだし我々がいちがいに自然主義という名の下に呼んできたところの思潮には、最初からしていくた・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
一 婦人は、座の傍に人気のまるでない時、ひとりでは按摩を取らないが可いと、昔気質の誰でもそう云う。上はそうまでもない。あの下の事を言うのである。閨では別段に注意を要するだろう。以前は影絵、うつし絵などで・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・忠実な老爺は予の身ぶりに注意しているとみえ、予が口を動かすと、すぐに推測をたくましくして案内をいうのである。おかしくもあるがすこぶる可憐に思われた。予がうしろをさすと、「ヘイあの奥が河口でございます。つまらないところで、ヘイ。晴れてれば・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・と、奥へ注意してから、「女房は弱いし、餓鬼は毎日泣きおる、これも困るさかいなア。」「それはお互いのことだア。ね」と、僕が答えるとたん、から紙が開いて、細君が熱そうなお燗を持って出て来たが、大津生れの愛嬌者だけに、「えろうお気の毒さま・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・私は昔から人の反駁なぞは余り気に掛けない方で、大抵は雲煙過眼してしまうし、鴎外の気質はおおよそ呑込んでるから、威丈高に何をいおうと格別気にも留めなかったが、誰だか鴎外に注意したものがあったと見えて、その後偶然フラリと鴎外を尋ねると、私の顔を・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・との慰安に富める三十二節、三十三節に注意せよ。人は悔改めずば皆な尽く亡ぶべしとの警告。十三章一節より五節まで。救わるる者は少なき乎との質問に答えて。同十三章二十二節より三十節まで。天国への招待。十四章十五節―二十四節。天国実・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・年子は、話しかけられて、はじめて注意しておばあさんを見ました。なんだかあわれな人のようにも見え、また気味悪いようにも感じられたのです。「東京から乗ったのです。そして、つぎのつぎの、停車場で下りますの。」「着くと暗くなりますの。」・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ 三「実は、この間うちからどうもそんなような徴候が見えたから、あらかじめ御注意はしておいたのだが、今日のようじゃもう疑いなく尿毒性で……どうも尿毒性となると、普通の腎臓病と違ってきわめて危険な重症だから……どうです、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫