・・・なぞと末子に話したり、帯で形をつけることは東西の風俗ともに変わりがないと言い聞かせたりして、初めて着せて見る娘の洋服には母親のような注意を払った。十番で用の足りないものは、銀座まで買いにお徳を娘につけてやった。それほどにして造りあげた帽子も・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・犬は肉屋の注意を引くように、ときどきくんくん鼻をならしてはこっちを見ます。そのうちに肉屋はほうちょうをとぎおえて、刃先をためすために、そばの大きな肉のはしの、ざらざらになったところを、少しばかり切り落しました。そして、「ほら。」と言って・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ 彼は、スバーの涙に特別な注意を払い、彼女が優しい心を持っているに違いないと思いました。今日、両親と別れるのが辛くて歎いている心は、やがて、自分の為になる財産の一つとなるだろうと考えたので、彼は、それをも、スバーに対する信用の一つに加え・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲いているのを発見するし、蜻蛉だって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃんと実を結んでいるのだ。 秋は、・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・ 中にもどこへ顔を出しても、人の注意を惹くのは、竜騎兵中尉の方である。画にあるような美男子である。人を眩するような、生々とした気力を持っている。馬鹿ではない。ただ話し振りなどがひどくじだらくである。何をするにも、努力とか勉強とか云うこと・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・おれは右党の席を一しょう懸命注意して見た。 そしてこう決心した。「どうもこいつの方が信用が置けそうだ。この卓や腰掛が似ているように、ここに来て据わる先生達が似ているなら、おれは襟に再会することは断じて無かろう。」 こう思って、あたり・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・寺塔を指してその高さ、その影の長さ、太陽の高度に注意を促す。こうすれば、言葉と白墨の線とによって、大きさや角度や三角函数などの概念を注ぎ込むよりも遥かに早く確実に、おまけに面白くこれらの数学的関係を呑み込ませる事が出来る。一体こういう学問の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・雪江は私に注意した。釣をする人たちによって置かれた綸であった。松原が浜の突角に蒼く煙ってみえた。昔しの歌にあるような長閑さと麗かさがあった。だがそれはそうたいした美しさでもなかった。その上防波堤へ上がって、砂ぶかい汽車や電車の軌道ぞいの往来・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・木戸松菊がいたらば――明治の初年木戸は陛下の御前、三条、岩倉以下卿相列座の中で、面を正して陛下に向い、今後の日本は従来の日本と同じからず、すでに外国には君王を廃して共和政治を布きたる国も候、よくよく御注意遊ばさるべくと凜然として言上し、陛下・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・もちろん私はお勝手口の方へその小さい菜園の茄子や胡瓜にこんにゃく桶をぶっつけぬように注意しながらいったのであるが、気がつくと、お勝手口の入口へ、大きな犬がねているのであった。黒白斑らの、仔馬ほどもあるのが、地べたへなげだした二本の前脚に大き・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫