・・・と圭さんは泰然たる返事をした。「飲んでもいいか、それじゃ飲まなくってもいいんだ。――よすかね」「よさなくっても好い。ともかくも少し飲もう」「ともかくもか、ハハハ。君ほど、ともかくもの好きな男はないね。それで、あしたになると、とも・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ にも拘らず、泰然として第三金時丸は動かなかった。彼女は「勝手」に、ブラついた。 日本では大騒ぎになった。――尤も、船会社と、船会社から頼まれた海軍だけだったが―― やがて、彼女が、駆逐艦に発見された時、船の中には、「これじ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ 口々の不平を泰然と岡本はちょいと意地悪そうに眉根をぴりりとさせながら、「生憎海老が切れましたから蝦姑にいたしました」と答えた。――忠一や篤介と岡本は仲が悪く、彼等は彼女がその部屋におるのに庭を見ながら、「おい、うらなりだね・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・とか、「得意淡然失意泰然」とかいう辞句は時利あらず、いかような羽目にたちいたろうともわがこころに愧じるところなく、確信ゆるがずという文句である。「あら尊と音なく散りし桜花」という東條英機の芭蕉もじりの発句には、彼の変ることない英雄首領のジェ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・「女王は女王らしく泰然として一家に君臨し、悠然として奉仕されているのこそ身分柄定められた掟でもあり云々」と「繊手に爆弾をとりあげては見たものの」投げる対手はないことになって「時津風枝も鳴らさぬ平和主義」の主観的女権尊崇の栄光を讚していられる・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・城山へは、宿の横手の裏峡道から、物ずきに草樹を掻き分け攀じ登ったのだから、洋服のYは泰然、私はひどく汗を掻いた。つい目の先に桜島を泛べ、もうっと暑気で立ちこめた薄靄の下に漣一つ立てずとろりと輝いていた湾江、広々と真直であった城下の街路。人間・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 選挙場に土足でふみこむ吉田首相が、首相として泰然自若と首切りにとりかかりはじめたのは、民自党が第一党になったからです。税に苦しめられ、物価高に苦しめられ、やっと子供を教育しようと思っている母親に、今日の新聞の文相高瀬荘太郎の話はなんと・・・ 宮本百合子 「求め得られる幸福」
出典:青空文庫