・・・けれどもあの透きとおるような海の藍色と、白い帆前船などの水際近くに塗ってある洋紅色とは、僕の持っている絵具ではどうしてもうまく出せませんでした。いくら描いても描いても本当の景色で見るような色には描けませんでした。 ふと僕は学校の友達の持・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で見た鎗鶏頭の鮮紅色には及ばない。彼地の花の色は降霜に近づくほど次第に冴えて美しくなるそうである。そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ テーブルの横の台の上に、ガラスの水槽が一つ置いてあって、その中にただ一匹の美しい洋紅色をした熱帯魚が泳いでいた。ベタ・カンボジャという魚らしい。それがただ一匹で泳いでいるのが、このいったいににぎやかな周囲の光景に対比していかにもさびし・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・また向うからただ一人、洋紅色のコートを着た若い令嬢が俯向いたまま白いショールで口を蔽うて、ゆっくりゆっくり歩いて来る。血色のいい頬、その頬が涙で洗われている。 正月の休みで、外には誰も通る人がない。旧解剖学教室、生理学教室の廃墟には冬枯・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・芋の葉と形はよく似ているが葉脈があざやかな洋紅色に染められてその周囲に白い斑点が散布している。芋から見れば片輪者であり化け物であろうが人間が見るとやはり美しい。 ベコニア、レッキスの一種に、これが人間の顔なら焼けどの瘢痕かと思われるよう・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・それに瑠璃色の硯屏と白い原稿紙、可愛い円るい傘のスタンド、イギリス産の洋紅に染めつけた麻の敷物なぞ、どれもわたくしの好きなものばかりです。 音楽、絵画その他 近頃は音楽を聴くよりも絵を見ることの方が多いのですが・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
出典:青空文庫