・・・ 当時の欧化熱の中心地は永田町で、このあたりは右も左も洋風の家屋や庭園を連接し、瀟洒な洋装をした貴婦人の二人や三人に必ず邂逅ったもんだ。ダアクの操り人形然と妙な内鰐の足どりでシャナリシャナリと蓮歩を運ぶものもあったが、中には今よりもハイ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・う女傑なんで、あれでもなしこれでもなしとさまざま息子の嫁を探したあげく、到頭奴さんの勤めている工場の社長の家へ日参して、どうぞお宅のお嬢さんを伜の嫁にいただかせて下さいと、百万遍からたのみ、しまいには洋風の応接間の敷物の上にぺたりと土下座し・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 鍵の掛る、粗末なダブル寝台のある洋風の部屋だった。 女中は案内すると、すぐ出て行ったが、やがて、お茶と寝巻を持って来た。「お名前をこれに……」 小沢は自分の姓名を書いて渡そうとすると、「こちらさんのお名前もご一緒に……・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・という看板が屋根の上へ張り出されている粗末な洋風家屋であった。十ほどあるその窓のあるものは明るくあるものは暗く閉ざされている。漏斗型に電燈の被いが部屋のなかの明暗を区切っているような窓もあった。 石田はそのなかに一つの窓が、寝台を取り囲・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・日向はわずかに低地を距てた、灰色の洋風の木造家屋に駐っていて、その時刻、それはなにか悲しげに、遠い地平へ落ちてゆく入日を眺めているかのように見えた。 冬陽は郵便受のなかへまで射しこむ。路上のどんな小さな石粒も一つ一つ影を持っていて、見て・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・教室の上にある二階の角が先生のデスクや洋風の書架の置並べてあるところだ。亜米利加に居た頃の楽しい時代でも思出したように、先生はその書架を背にして自分でも腰掛け、高瀬にも腰掛けさせた。「好い書斎ですネ」 と高瀬は言って見て、窓の方へ行・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・散髪所と、うすいカアテンをへだて、洋風の応接間があり、二三人の人の話声が聞えて、私はその人たちをお客と見誤ったのである。 椅子に腰をおろすと、裾から煽風機が涼しい風を送ってよこして、私はほっと救われた。植木鉢や、金魚鉢が、要所要所に置か・・・ 太宰治 「美少女」
・・・一軒は昔ふうの建築であり他の一軒は近代的洋風の店構えになっているのであるが、ともかくも付近に対して著しく異彩を放つ黒焼き屋であることには昔も変わりはないようである。 いったい黒焼きがほんとうに病気にきくだろうかという疑問が科学の学徒の間・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・やはり『ホトトギス』の裏絵をかく為山と云う男があるがこの男は不折とまるで反対な性で趣味も新奇な洋風のを好む。いったい手先は不折なんかとちがってよほど器用だがどうも不勉強であるから近来は少々不折に先を越されそうな。それがちと近来不平のようであ・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・そうして門に向かった洋風の大きな応接間の窓からはラジオの放送が騒然と流れだしていた。なるほどきょうは早慶野球戦の日であると思った。それから上野へ行って用を足して帰るまで、至るところにこの放送の騒音が追跡して来た。罪人を追うフュリーのごとく追・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
出典:青空文庫