・・・白っぽい砂礫を洗う水の浅緑色も一種特別なものであるが、何よりも河の中洲に生えた化粧柳の特異な相貌はこれだけでも一度は来て見る甲斐があると思われた。この柳は北海道にはあるが内地ではここだけに限られた特産種で春の若芽が真赤な色をして美しいそうで・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・いつかの大嵐には黒い波が一町に余る浜を打上がって松原の根を洗うた。その時沖を見ていた人の話に、霧のごとく煙のような燐火の群が波に乗って揺らいでいたそうな。測られぬ風の力で底無き大洋をあおって地軸と戦う浜の嵐には、人間の弱い事、小さな事が名残・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・三門の町を流れる溝川の水も物洗うには、もう冷たくなり過ぎているであろう。 待つ心は日を重ね月を経るに従って、郷愁に等しき哀愁を醸す。郷愁ほど情緒の美しきものはない。長くわたくしが巴里の空を忘れ得ぬのもこの情緒のなすところであろう。 ・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・母家から別れたその小さな低い鱗葺の屋根といい、竹格子の窓といい、入口の杉戸といい、殊に手を洗う縁先の水鉢、柄杓、その傍には極って葉蘭や石蕗などを下草にして、南天や紅梅の如き庭木が目隠しの柴垣を後にして立っている有様、春の朝には鶯がこの手水鉢・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 圭さんは臍を洗うのをやめて、湯槽の縁へ肘をかけて漫然と、硝子越しに外を眺めている。碌さんは首だけ湯に漬かって、相手の臍から上を見上げた。「どうも、いい体格だ。全く野生のままだね」「豆腐屋出身だからなあ。体格が悪るいと華族や金持・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・しかれども赤貧洗うがごとく常に陋屋の中に住んで世と容れず。古書堆裏独破几に凭りて古を稽え道を楽む。詠歌のごときはもとよりその専攻せしところに非ざるべきも、胸中の不平は他に漏らすの方なく、凝りて三十一字となりて現れしものなるべく、その歌が塵気・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・それもすぐに川をわたるでもなく、いかにもわらじや脚絆のきたなくなったのをそのまま洗うというふうに、もう何べんも行ったり来たりするもんですから、みんなはだんだんこわくなくなりましたが、そのかわり気持ちが悪くなってきました。 そこでとうとう・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 肩や帽子に、白く砂をためて家に帰りつくと、手の切れる様な水で、パシャパシャと顔や手足を洗うと栄蔵は、行きなりお君の前に座って、懐の煮〆めた様な財布の中から、まだ新らしい十円札を出してピタッと畳に起(いた。「どうおしたのえ、それ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・それを強いて、烟脂を舐めた蛙が膓をさらけだして洗うように洗い立てをして見たくもない。今私がこの鉢に水を掛けるように、物に手を出せば弥次馬と云う。手を引き込めておれば、独善と云う。残酷と云う。冷澹と云う。それは人の口である。人の口を顧みている・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・霊水に凡俗を浴せしめ凡界を洗うの信念が無ければ仙人は鶴と類を同じゅうせる生物に過ぎない。 真と義と愛と荘とに対する絶対の執着即神の憧憬と悪の憎悪は「人」たるべき最大要件である。この自覚に立ってすべての人が奮闘したならば人生は理想化せられ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫