・・・……また代官婆に変な癖がございましてな。癖より病で――あるもの知りの方に承りましたのでは、訴訟狂とか申すんだそうで、葱が枯れたと言っては村役場だ、小児が睨んだと言えば交番だ。……派出所だ裁判だと、何でも上沙汰にさえ持ち出せば、我に理があると・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・天上はかく静かなれど地上の騒ぎは未だやまず、五味坂なる派出所の前は人山を築けり。余は家のこと母のこと心にかかれば、二郎とは明朝を期して別れぬ。 家には事なかりき。しばし母上と二郎が幸なき事ども語り合いしが母上、恋ほどはかなきものはあらじ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・この老人と自分、外に村の者、町の者、出張所の代診、派出所の巡査など五六名の者は笊碁の仲間で、殊に自分と升屋とは暇さえあれば気永な勝負を争って楽んでいたのが、改築の騒から此方、外の者はともかく、自分は殆ど何より嗜好、唯一の道楽である碁すら打ち・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・また東の方へ曲る角に巡査派出所があって、「砂町海水浴場近道南砂町青年団」というペンキ塗の榜示杭が立っていた。 わたくしが偶然枯蘆の間に立っている元八幡宮の古祠に行当ったのは、砂町海水浴場の榜示杭を見ると共に、何心なく一本道をその方へと歩・・・ 永井荷風 「元八まん」
出典:青空文庫