・・・ 筋の通った劇よりも、筋はなくて刺戟と衝動を盛り合わせたレビューの流行る現代に、同じような傾向が色々の他の方面にも見られるのは当然のことかもしれない。それについて先ず何よりも先に思い当るのは現代の教育のプログラムである。 習字と漢籍・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・チュリップ、ヒヤシンス、ベコニヤなどもダリヤと同じく珍奇なる異草として尊まれていたが、いつか普及せられてコスモスの流行るころには、西河岸の地蔵尊、虎ノ門の金毘羅などの縁日にも、アセチリンの悪臭鼻を突く燈火の下に陳列されるようになっていた。・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・「僕にも近頃流行るまがい物の名前はわからない。贋物には大正とか改良とかいう形容詞をつけて置けばいいんだろう。」と唖々子は常に杯を放なさない。「ああいう人たちのはく下駄は大抵籐表の駒下駄か知ら。後がへって郡部の赤土が附着いていないとい・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・近頃流行る飛行機でもその通りで、いろいろ学理的に考えた結果、こういう風に羽翼を附けてこういうように飛ばせば飛ばぬはずはないと見込がついた上でさて雛形を拵えて飛ばして見ればはたして飛ぶ。飛ぶことは飛ぶので一応安心はするようなもののそれに自分が・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・その頃流行る楽人の姿となって夜鴉の城に忍び込んで、戦あるべき前の晩にクララを奪い出して舟に乗せる。万一手順が狂えば隙を見て城へ火をかけても志を遂げる。これだけの事はシーワルドから聞いた、そのあとは……幻影の盾のみ知る。 逢うはうれし、逢・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・そこでもって家賃が滞る――倫敦の家賃は高い――借金ができる、寄宿生の中に熱病が流行る。一人退校する、二人退校する、しまいに閉校する。……運命が逆まに回転するとこう行くものだ。可憐なる彼ら――可憐は取消そう二人とも可憐という柄ではない――エー・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・近頃流行るベルグソンでもオイケンでもみんな向うの人がとやかくいうので日本人もその尻馬に乗って騒ぐのです。ましてその頃は西洋人のいう事だと云えば何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男が比々皆・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 入りしなに郵便箱をあけると桃色の此頃よく流行る様な封筒と中実を一緒にした様なものが自分の処へ来て居た。 裏には京子とあんまり上手くない手で書いてある。 あっちこっち返して見ながら、こんなやすっぽい絵なんかのぬりたくってあるもの・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫