・・・梢に響く波の音、吹当つる浜風は、葎を渦に廻わして東西を失わす。この坂、いかばかり遠く続くぞ。谿深く、峰遥ならんと思わせる。けれども、わずかに一町ばかり、はやく絶崖の端へ出て、ここを魚見岬とも言おう。町も海も一目に見渡さる、と、急に左へ折曲っ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・鮟鱇坊主と、……唯今でも、気味の悪い、幽霊の浜風にうわさをしますが、何の化ものとも分りません。―― といった場処で。――しかし、昨年――今度の漂流物は、そんな可厭らしいものではないので。……青竹の中には、何ともたとえがたない、美しい女像・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・背低き櫨堤の上に樹ちて浜風に吹かれ、紅の葉ごとに光を放つ。野末はるかに百舌鳥のあわただしく鳴くが聞こゆ。純白の裏羽を日にかがやかし鋭く羽風を切って飛ぶは魚鷹なり。その昔に小さき島なりし今は丘となりて、その麓には林を周らし、山鳩の栖処にふさわ・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 私たちは月見草などの蓬々と浜風に吹かれている砂丘から砂丘を越えて、帰路についた。六甲の山が、青く目の前に聳えていた。 雪江との約束を果たすべく、私は一日須磨明石の方へ遊びにいった。もちろんこの辺の名所にはすべて厭な臭味がついて・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫