・・・場のにぎやかな空気が私を浮き浮きさせたからでもあったろう。「君、僕の昨日のとこね、あれ、君、僕を馬鹿だと思ったろう。」「いいえ。」雪は頬を両手でおさえて微笑んだ。「しゃれてると思ったわ。」「しゃれてる? そうか。おい、君、ウイス・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・母は、ああ、まぶしい、まぶしいといっては、箸持つ手を額にかざして、たいへん浮き浮きはしゃいで、私も、父にお酌をしてあげました。私たちのしあわせは、所詮こんな、お部屋の電球を変えることくらいのものなのだ、とこっそり自分に言い聞かせてみましたが・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・まって、若い人たちの大胆さに、ひそかに舌を巻き、あの厳格な父に知れたら、どんなことになるだろう、と身震いするほどおそろしく、けれども、一通ずつ日附にしたがって読んでゆくにつれて、私まで、なんだか楽しく浮き浮きして来て、ときどきは、あまりの他・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・ 旧暦のお正月の頃で、港町の雪道は、何か浮き浮きした人の往き来で賑わっていた。曇っていた日であったが、割にあたたかで、雪道からほやほや湯気が立ち昇っている。 すぐ右手に海が見える。冬の日本海は、どす黒く、どたりどたりと野暮ったく身悶・・・ 太宰治 「母」
・・・数枝も、なんの気なしに、そう合槌うって、朝の青空を思えば、やはり浮き浮きするのだが、それだけのことでも、ずいぶん楽しみにして寝る身がいとしく、さて、晴れたからとて、自分には、なんということもないのに、とひとりで笑いたくなって、蒲団を引きかぶ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 私は自分が浮き浮きとたくさんの花の名をかぞえあげたことに腹を立てていた。不覚だ! それきり、ふっと一ことも口をきかなかった。帰りしなに、細君の背後にじっと坐っている小さな女の子へ、「遊びにいらっしゃい。」と言ってやった。娘は、「は・・・ 太宰治 「めくら草紙」
出典:青空文庫