・・・つくろわねどもおのずからなる百の媚は、浴後の色にひとしおの艶を増して、後れ毛の雪暖かき頬に掛かれるも得ならずなまめきたり。その下萌えの片笑靨のわずかに見えたる、情を含む眼のさりとも知らず動きたる、たおやかなる風采のさらに見過ごしがてなる、あ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・その二 浴後の顔色冴々しく、どこに貧乏の苦があるかという容態にて男は帰り来る。一体苦み走りて眼尻にたるみ無く、一の字口の少し大なるもきっと締りたるにかえって男らしく、娘にはいかがなれど浮世の鹹味を嘗めて来た女には好かるべきと・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・夕方浴後の涼風を求めて神田の街路をそぞろ歩きするたびにはこの「初恋」の少女の姿を物色する五十四歳の自分を発見して微笑する。そうしてウェルズの短編「壁の扉」の幻覚を思い出しながら、この次にいついかなる思いもかけぬ時と場所で再びこの童女像にめぐ・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・二階の一室狭けれども今宵はゆるやかに寝るべしと思えば船中の窮屈さ蒸暑さにくらべて中々に心安かり。浴後の茶漬も快く、窓によれば驟雨沛然としてトタン屋根を伝う点滴の音すゞしく、電燈の光地上にうつりて電車の往きかう音も騒がしからず。こうなれば宿帳・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・一日汗水たらして働いた後にのみ浴後の涼味の真諦が味わわれ、義理人情で苦しんだ人にのみ自由の涼風が訪れるのである。 涼味の話がつい暑苦しくなった。 きょう、偶然ことし流行の染織品の展覧会というのをのぞいた。近代の夏の衣装の染織には、ど・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
出典:青空文庫