・・・池は海草の流れているのを見ると、潮入りになっているらしかった。そのうちに僕はすぐ目の前にさざ波のきらきら立っているのを見つけた。さざ波は足もとへ寄って来るにつれ、だんだん一匹の鮒になった。鮒は水の澄んだ中に悠々と尾鰭を動かしていた。「あ・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・浪は今彼の前へ一ふさの海草を運んで来た。あの喇叭に似ているのもやはり法螺貝と云うのであろうか? この砂の中に隠れているのは浅蜊と云う貝に違いない。…… 保吉の享楽は壮大だった。けれどもこう云う享楽の中にも多少の寂しさのなかった訣ではない・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ が、次第に引潮が早くなって、――やっと柵にかかった海草のように、土方の手に引摺られた古股引を、はずすまじとて、媼さんが曲った腰をむずむずと動かして、溝の上へ膝を摺出す、その効なく……博多の帯を引掴みながら、素見を追懸けた亭主が、値が出・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 娘は、赤い絵具で、白い蝋燭に、魚や、貝や、また海草のようなものを産れつき誰にも習ったのでないが上手に描きました。お爺さんは、それを見るとびっくりいたしました。誰でも、その絵を見ると、蝋燭がほしくなるように、その絵には、不思議な力と美し・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ 娘は、赤い絵の具で、白いろうそくに、魚や、貝や、または海草のようなものを、産まれつきで、だれにも習ったのではないが上手に描きました。おじいさんは、それを見るとびっくりいたしました。だれでも、その絵を見ると、ろうそくがほしくなるように、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・そこの海中の岩かげに、ふわふわと浮かんでいる海草に、おじいさんをしてしまったのです。一日ふわふわと海の上に浮かんでいます。日の光が暖かに照らしています。波影が、きらきらと光っています。鳥もめったに飛んでこなければ、その小さな島には、人も、獣・・・ 小川未明 「ものぐさじじいの来世」
・・・ごわごわした固い布地の黒色パンツひとつ、脚、海草の如くゆらゆら、突如、かの石井漠氏振附の海浜乱舞の少女のポオズ、こぶし振あげ、両脚つよくひらいて、まさに大跳躍、そのような夢見ているらしく、蚊帳の中、蚊群襲来のうれいもなく、思うがままの大活躍・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 魚貝のみならずいろいろな海草が国民日常の食膳をにぎわす、これらは西洋人の夢想もしないようないろいろのビタミンを含有しているらしい。また海胆や塩辛類の含有する回生の薬物についても科学はまだ何事をも知らないであろう。肝油その他の臓器製薬の・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・水は飲まぬとした所で体が海草の中にひっかかっていると、いろいろの魚が来て顔ともいわず胴ともいわずチクチクとつつきまわっては心持が悪くて仕方がない。何やら大きな者が来て片腕を喰い切って帰った時なども変な心持がするに違いない。章魚や鮑が吸いつい・・・ 正岡子規 「死後」
・・・遠見に淡く海辺風景を油絵で描き、前に小さい貝殼、珊瑚のきれはし、海草の枝などとり集めて配合した上を、厚く膨んだ硝子で蓋したものだ。薄暗い部屋だから、眼に力をこめて凝視すると、画と実物の貝殼などとのパノラマ的効果が現れ、小っぽけな窓から海底を・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫