・・・は、年々歳々、いよいよ色濃く、きみの眼に、きみの胸に滲透して行くにちがいないということを。私はこの本一冊を創るためにのみ生れた。きょうよりのちの私は全くの死骸である。私は余生を送って行く。そうして、私がこののち永く生きながらえ、再度、短篇集・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・その短い文章は例の通りキビキビとして極めて要を得ているのは勿論であるが、その行文の間に卑怯な迫害者に対する苦々しさが滲透しているようである。彼に対する同情者は遠方から電報をよこしたりした。その中にはマクス・ラインハルトの名も交じっていた。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・映画でもこれは顕著に滲透している。アメリカ映画はヤンキー教の経典でありチューインガムやアイスクリームソーダの余味がある。ドイツ映画には数理的科学とビールのにおいがあり、フランス映画にはエスカルゴーやグルヌイーユの味が伴なう。ロシア映画のスク・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・らしい人間の私は、三毛がこの防腐剤にまみれた足と子猫で家じゅうの畳をよごしあるく事に何よりも当惑したので、すぐに三毛をかかえて風呂場にはいって石鹸で洗滌を始めたが、このねばねばした油が密生した毛の中に滲透したのはなかなか容易にはとれそうもな・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・しかしそこには確かに楽の中から流れ出て地と空と人の胸とに滲透するある雰囲気のようなものがある。この雰囲気は今の文化的日本の中では容易に見出されないもので、ただ古い古い昔の物語でも読む時に、わずかにその匂だけを嗅ぐ事の出来るものである。 ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・びん入りの動物標本などで見受けるように、小動物の肉体に特殊な液体を滲透させて、その液中に置けば、ある度までは透き通って見える。ウェルズはたぶんあの標本を見て、そこからヒントを得たものに相違ない。 しかし、よく考えてみると、あらゆる普通の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・時代をつけると言ってしょっちゅう頬や鼻へこすりつけるので脂が滲透して鼈甲色になっていた。書斎の壁にはなんとかいう黄檗の坊さんの書の半折が掛けてあり、天狗の羽団扇のようなものが座右に置いてあった事もあった。セピアのインキで細かく書いたノートが・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・この寂滅あるいは虚無的な色彩が中古のあらゆる文化に滲透しているのは人の知るところである。 しかし本来の風雅の道は決して人を退嬰的にするためのものではなかったと思う。上は摂政関白武将より下は士農工商あらゆる階級の間に行なわれ、これらの人々・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・に変更を生じたためもあろうし、また一般文化の進歩のために思想の内容が豊富複雑になったために一種の「滲透圧」が増大して伝統詩形の外膜を押し広げようとする力が働いたためもあるかもしれない。 とにかく、こういうふうに考えて来ると現在のいろいろ・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・すなわち仏教伝来以後今日まで日本国民の間に浸潤した無常観が自然の勢いで俳句の中にも浸透したからである。しかし自分の見るところでは、これは偶然のことであって決して俳句の精神と本質的に連関しているものとは思われない。仏教的な無常観から解放された・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
出典:青空文庫