・・・が、兵衛の消息は、杳として再び聞えなかった。 寛文九年の秋、一行は落ちかかる雁と共に、始めて江戸の土を踏んだ。江戸は諸国の老若貴賤が集まっている所だけに、敵の手がかりを尋ねるのにも、何かと便宜が多そうであった。そこで彼等はまず神田の裏町・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・あとには、吉田忠左衛門、原惣右衛門、間瀬久太夫、小野寺十内、堀部弥兵衛、間喜兵衛の六人が、障子にさしている日影も忘れたように、あるいは書見に耽ったり、あるいは消息を認めたりしている。その六人が六人とも、五十歳以上の老人ばかり揃っていたせいか・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ さて僕の最近の消息を兄に報じたついでに、もう一つお知らせするのは、僕がこの一月の「改造」に投じた小さな感想についてである。兄は読まなかったことと思うが「宣言一つ」というものを投書した。ところがこの論理の不徹底な、矛盾に満ちた、そして椏・・・ 有島武郎 「片信」
・・・最愛最惜の夫人の、消息の遅さを案じて、急心に草を攀じた欣七郎は、歓喜天の御堂より先に、たとえば孤屋の縁外の欠けた手水鉢に、ぐったりと頤をつけて、朽木の台にひざまずいて縋った、青ざめた幽霊を見た。 横ざまに、杖で、敲き払った。が、人気勢の・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・……歯が鳴り、舌が滑に赤くなって、滔々として弁舌鋭く、不思議に魔界の消息を洩す――これを聞いたものは、親たちも、祖父祖母も、その児、孫などには、決して話さなかった。 幼いものが、生意気に直接に打撞る事がある。「杢やい、実家はどこだ。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ときどきの消息に、帰国ののちは山中に閑居するとか、朝鮮で農業をやろうとか、そういうところをみれば、君に妻子を忘れるほどのある熱心があるとはみえない。 こういうと君はまたきっと、「いやしくも男子たるものがそう妻子に恋々としていられるか」と・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・お光さんからその後消息は絶えた。 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・緑雨の耽溺方面の消息は余り知らぬから、あるいはその頃から案外コソコソ遊んでいたかも知れないが、左に右く表面は頗る真面目で、目に立つような遊びは一切慎しみ、若い人たちのタワイもない遊びぶりを鼻頭で冷笑っていた。或る楼へ遊びに行ったら、正太夫と・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・その時代の沼南の消息は易簀当時多くの新聞に伝えられた。十年前だった、塚原靖島田三郎合訳と署した代数学だか幾何学だかを偶然或る古本屋で見附けた。余り畑違いの著述であるのを不思議に思って、それから間もなく塚原老人に会った時に訊くと、「大変なもの・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 三人の行方や、それを救いに出た、五つの赤いそりの消息を気づかって、人々は、みんな海辺に集まりました。もとより海の上は、鏡のように凍って、珍しく出た日の光を受けて輝いています。「ひどい暴れでしたな。」「それにつけて、あの三人と、・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
出典:青空文庫