・・・時しかその俳優と娘との間には、浅からぬ関係を生じたのである、ところが俳優も旅の身故、娘と種々名残を惜んで、やがて、己は金沢を出発して、その後もまた旅から旅へと廻っていたのだ、しかしその後に彼はその娘の消息を少しも知らなかったそうだが、それか・・・ 小山内薫 「因果」
・・・もっともお互い今度会う時まで便りをしないでおこうという約束だったのですが、しかし、やはり消息が判らないのは心配でした。 五年は瞬く間にたちました。そして約束の彼岸の中日が近づいてくると、私はいよいよ秋山さんの安否が気になってきて、はたし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・これから大阪へ帰っても、果して妻や子は無事に迎えてくれるだろうかと、消息の絶えている妻子のことを案じているせいかも知れなかった。 そう思うと、白崎の眉はふと曇ったが、やがてまた彼女と語っている内に、何か晴々とした表情になって来た。 ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 無事に着いた、屹度十日までに間に合せて金を持って帰るから――という手紙一本あったきりで其後消息の無い細君のこと、細君のつれて行った二女のこと、また常陸の磯原へ避暑に行ってるKのこと、――Kからは今朝も、二ツ島という小松の茂ったそこの磯・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・夏以来やもめ暮しの老いた父の消息も気がかりだった。まったく絶望的な惨めな気持だった。「ここは昔お寺のできなかった前は地獄谷といって、罪人の頸を刎ねる場所だったのだそうですね」と、私はこのごろある人に聞いて、なるほどそうした場所だったのか・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ そしてそこまでが吉田が最近までに聞いていた娘の消息だったのだが、吉田はそんなことをみな思い出しながら、その娘の死んでいった淋しい気持などを思い遣っているうちに、不知不識の間にすっかり自分の気持が便りない変な気持になってしまっているのを・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・自分はよくこの消息を解していた。そして心中ひそかに不平でならぬのは志村の画必ずしも能く出来ていない時でも校長をはじめ衆人がこれを激賞し、自分の画は確かに上出来であっても、さまで賞めてくれ手のないことである。少年ながらも自分は人気というものを・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・今十二通の裏にみなぎる春の楽しみを変えて三通を貫く苦き消息となしたもうは貴嬢ならずや。貴嬢がいかに深き事情ありと弁解きたもうとも、かいなし、宮本二郎が沈みゆく今のありさまに何の関りあらん。かの三通はげに貴嬢が読むを好みたまわぬも理ぞかし、こ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・また彼の消息には「鏡の如く、もちひのやうな」日輪の譬喩が非常に多い。 彼の幼時の風貌を古伝記は、「容貌厳毅にして進退挺特」と書いている。利かぬ気の、がっしりした鬼童であったろう。そしてこの鬼童は幼時より学を好んだ。「予はかつしろしめ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そこの消息を見抜いている×××は、表面やかましく云いながら、実は大目に見のがした。五十銭銀貨を一つ盗んでも禁固を喰う。償勤兵とならなければならない。それが内地に於ける軍人である。軍人は清廉潔白でなければならない。ところが、その約束が、ここで・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
出典:青空文庫