・・・ところが今度は半年以上も、消息はありません。そうなると、私は馬鹿で毎日々々警察からの知らせを心待ちに待つようになりました。 スパイが時々訪ねてくると、私は一々家の中に上げて、お茶をすゝめながら、それとなしに娘のことをきくのですが、少・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・しかし別れて三年ほどの間よくも分らなかった彼女の消息が、その時、閃くように彼の頭脳の中へ入って来た。流行の薄色の肩掛などを纏い着けた彼女の姿を一目見たばかりで、どういう人と暮しているか、どういう家を持っているか、そんなことが絶間もなく想像さ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ほぼ半年くらい住まって、それから品川のほうへ越していったけれど、その後の消息を知らない。僕にとっては、その当時こそ何かと不満もあったのであるが、いまになって考えてみると、あの技師にしろ、また水泳選手にしろ、よい部類の店子であったのである。俗・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ この三人の方々に聞いてみたら何かしら学生時代の先生の横顔を偲ばせるような逸話でも聞き出されたかもしれなかったのであるが、浜口氏は亡くなり、大原氏は永く消息を聞かない。溝淵氏は自分等の中学時代に『ラセラス伝』を教わった先生であって、その・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・この間の消息は直にわたくしが身の上に移すことが出来る。わたくしは近年東京市の内外に某処の新公園、または遊園地の開かれたことを聞いているが、わざわざ杖を曳く心にはならない。それよりは矢張見馴れた菊塢が庭を歩いて、茫然として病樹荒草に対していた・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・故にわれわれは反動として多少この間の消息を諒とせねばならぬ。 さて自然主義は遠慮なく事実そのままを人の前に暴露し、または描き出すため種々なる欠点を生ずるに至りましたが、これを救うは過去のローマン主義を復興するにあらずして、新ローマン主義・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・といえるもこの間の消息を解すべきものあり。凡兆の句複雑というほどにはあらねど、また洒堂らと一般、句々材料充実して、かの虚字をもって斡旋する芭蕉流とはいたく異なり。芭蕉これに対して今少し和歌の臭味を加えよという、けだし芭蕉は俳句は簡単ならざる・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・松本治一郎氏の天皇制に対するたたかいとパージがよくその消息を告げている。 今日の大学は、どのようなアカデミアであり、アカデミズムをもっているだろうか。ことあたらしく観察するまでもなく、大学法案に関する問題、レッド・パージに対する各大学の・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・ 然るところ去承応二年六丸殿は未だ十一歳におわしながら、越中守に御成り遊ばされ、御名告も綱利と賜わり、上様の御覚目出たき由消息有之、かげながら雀躍候事に候。 最早某が心に懸かり候事毫末も無之、ただただ老病にて相果て候が残念に有之、今・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
『青丘雑記』は安倍能成氏が最近六年間に書いた随筆の集である。朝鮮、満州、シナの風物記と、数人の故人の追憶記及び友人への消息とから成っている。今これをまとめて読んでみると、まず第一に著者の文章の円熟に打たれる。文章の極致は、透明無色なガラ・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫