・・・ただ、まだあるものを途中で出るのはもったいないから、消極的に慾張ってしまいまでいたのである。自分と同感の人も大分あるだろうと思う。しかし見物が積極的に、この長時間に比例するほど慾張るが故、役者もやむをえず働らくとすれば役者ははなはだ気の毒で・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・今日の有様を以て事の本位と定め、これより進むものを積極となし、これより退くものを消極となし、余輩をしてその積極を望ましむれば期するところ左のごとし。 すなわち今の事態を維持して、門閥の妄想を払い、上士は下士に対して恰も格式りきみの長座を・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・積極的美 美に積極的と消極的とあり。積極的美とはその意匠の壮大、雄渾、勁健、艶麗、活溌、奇警なるものをいい、消極的美とはその意匠の古雅、幽玄、悲惨、沈静、平易なるものをいう。概して言えば東洋の美術文学は消極的美に傾き、西洋の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・をかいた頃、作者は自分の見ているソヴェトの現実が、どんなに巨大な機構のうちの小さくて消極的な断片であり、しかも海岸の棒杭にひっかかっている一本の枝とそこについているしぼんだ花のような題材にすぎないかということは理解しなかったのである。 ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
・・・それだから、たとえそれが反抗的な要素によってつくられていても、直接に、大胆に暴露や批判はしない。消極性を少なからずもっている。 今日、世界唯一のプロレタリアートの国ソヴェト・ロシアは昔から、革命的経験をどの国より豊富に、歴史的発展につれ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ 彼の青年時代から引続いた精神的緊張の疲労が、深い休安、慰撫を求めて居た時、ああ云う消極的の愛が、あれ程積極の力を出して、彼に働きかけたのか。 芸術家の緊張、その弛緩の深さを知って居る自分は、大きい引潮の力を感じられる。 恋愛に・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・それは作者が、恋愛というものに、消極的な性質を帯びたものと、積極的なものとあり、ある人の一生の時期の微妙な潮のさしひき、社会と個人との結合の関係などによって、恋愛のそれぞれの性質が発端において何れかに決せられると共に、発展の過程で恐ろしい作・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・進歩的な精神をもち、行動も消極ではないある評論家を二人で訪問した。今回の情報局のやりかたは正しくないという意見の、雑誌編集者もいあわせた。いろいろの事情を綜合し、文学者たちの気分を研究し、つまり、意味ある反応は期待しがたいという結論になった・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ 自然主義の小説というものの内容で、人の目に附いたのは、あらゆる因襲が消極的に否定せられて、積極的には何の建設せられる所もない事であった。この思想の方嚮を一口に言えば、懐疑が修行で、虚無が成道である。この方嚮から見ると、少しでも積極的な・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・を積極的に強調し純粋化しているとすれば、能面はそれを消極的に徹底せしめたと言えるであろう。伎楽面がいかに神話的空想的な顔面を作っても、そこに現わされているものはいつも「人」である。たとい口が喙になっていても、我々はそこに人らしい表情を強く感・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫