・・・ 悲しいとき涙腺から液体を放出する。おかしいとき横隔膜が週期的痙攣をはじめる。これも何か、もっとずっと悪い影響を救うための安全弁の作用をしているに相違ない。それで医術がもっともっと進歩すると、精神のけがでもこれら天然の妙機を人工的に幇助・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・因は少しもわからなくてもさもおかしそうに笑っている人を見れば自分も笑いたくなると同様に、上手な俳優が身も世もあられぬといったような悲しみの涙をしぼって見せれば、元来泣くように準備のととのっている観客の涙腺は猶予なく過剰分泌を開始するのであっ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・年を取ると涙腺の居ずまいが変ると見える。「鉄門」も塞がれた。鉄門という言葉は明治時代の隅田川のボートレースと土手の桜を思い出させる。鉄門が無くなって、隅田堤がコンクリートで堅まれば、ボートレースの概念もやはり変って来る。明治の隅田川はも・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・それだのに涙腺は無理に門を開けさせられて熱い水の堰をかよわせた。 このままでややしばらくの間忍藻は全く無言に支配されていたが、その内に破裂した、次の一声が。「武芸はそのため」 その途端に燈火はふっと消えて跡へは闇が行きわたり、燃・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫