・・・ トウン――と、足拍子を踏むと、膝を敷き、落した肩を左から片膚脱いだ、淡紅の薄い肌襦袢に膚が透く。眉をひらき、瞳を澄まして、向直って、「幹次郎さん。」「覚悟があります。」 つれに対すると、客に会釈と、一度に、左右へ言を切って・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・踏掛けて塗下駄に、模様の雪輪が冷くかかって、淡紅の長襦袢がはらりとこぼれる。 媚しさ、というといえども、お米はおじさんの介添のみ、心にも留めなそうだが、人妻なれば憚られる。そこで、件の昼提灯を持直すと、柄の方を向うへ出した。黒塗の柄を引・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・と顔は早くも淡紅を散らして、いやな父様だよ。と帯締めの打紐を解きつ結びつ。 綱雄といえば旅行先から、帰りがけにここへ立ち寄ると言ってよこしたが、お前はさぞ嬉しかろうなとからかい出す善平、またそのようなことを、もう私は存じませぬ、と光代は・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・この一つより立つ煙ほそぼそと天にのぼれば、淡紅色の霞につつまれて乙女の星先に立ち静かに庭に下れり。詩人が庭のたき火も今夜をかぎりなれば残り惜しく二人は語り、さて帰るさ、庭の主人に一語の礼なくてあるべからずと、打ち連れて詩人の室に入れば、浮世・・・ 国木田独歩 「星」
・・・山村の若旦那俊雄さまとあにそれこうでもなかろうなれど機を見て投ずる商い上手俊雄は番頭丈八が昔語り頸筋元からじわと真に受けお前には大事の色がと言えばござりますともござりますともこればかりでも青と黄と褐と淡紅色と襦袢の袖突きつけられおのれがと俊・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・其ノ単弁淡紅ニシテ彼岸桜ト称スル者最多シ。古又嘗テ吉野山ノ種ヲ移植スト云フ。毎歳立春ノ後五六旬ヲ開花ノ候トナス。」としてある。そして桜花満開の時の光景を叙しては、「若シ夫レ盛花爛漫ノ候ニハ則全山弥望スレバ恰是一団ノ紅雲ナリ。春風駘蕩、芳花繽・・・ 永井荷風 「上野」
・・・宕陰が記の一節に曰く、「凡ソ墨堤十里、両畔皆桜ナリ。淡紅濃白、歩ムニ随テ人ニ媚ブ。遠キハ招クガ如ク近キハ語ラントス。間少シク曲折アリ。第一曲ヨリ東北ニ行クコト三、四曲ニシテ、以テ木母寺ニ至ツテ窮ル。曲曲回顧スレバ花幔地ヲ蔽ヒ恍トシテ路ナキカ・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・瞼の周囲に細い淡紅色の絹糸を縫いつけたような筋が入っている。眼をぱちつかせるたびに絹糸が急に寄って一本になる。と思うとまた丸くなる。籠を箱から出すや否や、文鳥は白い首をちょっと傾けながらこの黒い眼を移して始めて自分の顔を見た。そうしてちちと・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・普通のくだものの皮は赤なら赤黄なら黄と一色であるが、林檎に至っては一個の菓物の内に濃紅や淡紅や樺や黄や緑や種々な色があって、色彩の美を極めて居る。その皮をむいで見ると、肉の色はまた違うて来る。柑類は皮の色も肉の色も殆ど同一であるが、柿は肉の・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・色は白紅淡紅でさし渡しは五分位、白い花のまん中に一寸と茶色の紋があるのなんかはものずきな御嬢さんが見つけたらキッとつまないではおかないほど人なつっこい花である。「どうして生えたんだろう。誰がまいたとも分らないのに……」「一人手にたね・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫