・・・の原稿で、主人公の淪落する女に、その女の魅力に惹きずられながら、一生を棒に振る男を配したのも、少しはこの時の経験が与っているのだろうか。けれど、私はその男ほどにはひたむきな生き方は出来なかった。彼は生涯女の後を追い続けたが、私は静子がやがて・・・ 織田作之助 「世相」
・・・おのれの淪落の身の上を恥じて、帰ってしまったものとばかり思っていたのである。 いまは、すべてに思い当り、年少のその早合点が、いろいろ複雑に悲しく、けれども、私は、これを、けがらわしい思い出であるとは決して思わない。なんにも知らず、ただ一・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・ いちばんおしまいの場面で、淪落のどん底に落ちた女が昔の友に救われてその下宿に落ち着き、そこで一皿の粥をむさぼり食った後に椅子に凭ってこんこんとして眠る、その顔が長い間の辛酸でこちこちに固まった顔である。それが忽然として別の顔に変わる。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・でも淪落の女が親切な男に救われて一│皿の粥をすすって眠った後にはじめて長い間かれていた涙を流す場面がある。「勧進帳」で弁慶が泣くのでも絶体絶命の危機を脱したあとである。 こんな実例から見ると、こうした種類の涙は異常な不快な緊張が持続した・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・だの「淪落の男」だのということが云われずに女ばかり体で価値をつけられることの腹立たしさ! 若いアグネスは自分は「女になるまい……なるものか」とかたく思った。 砂漠のあるアリゾナの大学生であったアグネスが第一の結婚の対手であった同じ学生の・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
出典:青空文庫