・・・中村は室内を見渡した後、深呼吸をするように体を伸ばした。それから大きい硝子戸棚の中に太い枯れ木をまいている南洋の大蛇の前に立った。この爬虫類の標本室はちょうど去年の夏以来、三重子と出合う場所に定められている。これは何も彼等の好みの病的だった・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・その頭の上には魚尾形のガスの炎が深呼吸をしていた。じょさいのない中老店員の一人は、顧客の老軍人の秘蔵子らしいお坊っちゃんの自分の前に、当時としてはめったに見られない舶来の珍しいおもちゃを並べて見せた。その一つはねずみ色の天鵞絨で作った身長わ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・そうして深呼吸をしようとして胸いっぱいに空気を吸い込んだ時に最高頂に達して、それが息を吹き出すとともに一時に爆発する。するとそれがちゃんと立派な「笑い」になって現われるのである。 何もそこに笑うべき正当の対象のないのに笑うというのが不合・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・ヴェトでは働く婦人の健康の特にこの点を注意して、新しく制定された工場の規定では、これまで一時間あった昼休みの外に午前と午後、或る時間内機械を休止させ、就業中窓をしめているところでは窓をあけ、皆そろって深呼吸と簡単な全身の体操をすることになっ・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 空気がゴミやガスでよごれている職場では、仕事の間にもきまって何分かはモーターを止めて、サッと窓をひろく開け、一同そろって、 一! 二! 三! 四! 深呼吸をしなければならない。 もし、坐ったり、腰かけたっきりで・・・ 宮本百合子 「ソヴェト映画物語」
・・・その頃は、毎朝、始業前に、運動場に集って深呼吸と、一寸した運動をすることになっていた。先生は、そのような時、その水色襷で、袂をかかげられる。 十字に綾どられた水色襷が、どんなに美くしく、心を捕えたのか。私と同級の一人の友達は、いつの間に・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・ 九日 ケイオーの奥田喜久三来、上半身むき出しになり、従順に深呼吸したり何かするAを見る哀れさ。矢張り異常なし。 十、十一、十二、平穏。 十三日 少しよくなってA、学校学校とさわぐ。 よくなって自分の仕事をして居られ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
出典:青空文庫