・・・ わたしが今死んで御覧なさい。深草の少将はどうするでしょう? わたしは少将と約束しました。天に在っては比翼の鳥、地に在っては連理の枝、――ああ、あの約束を思うだけでも、わたしの胸は張り裂けるようです。少将はわたしの死んだことを聞けば、きっと・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・その途中深草を通ると、道に一軒の古道具屋があった。そこは商買の事で、ちょっと一ト眼見渡すと、時代蒔絵の結構な鐙がチラリと眼についた。ハテ好い鐙だナ、と立留って視ると、如何にも時代といい、出来といい、なかなかめったにはない好いものだが、残念な・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 不幸、短命にして病死しても、正岡子規君や清沢満之君のごとく、餓しても伯夷や杜少陵のごとく、凍死しても深草少将のごとく、溺死しても佐久間艇長のごとく、焚死しても快川国師のごとく、震死しても藤田東湖のごとくであれば、不自然の死も、かえって・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・きと気取って見せた盃が毒の器たんとはいけぬ俊雄なればよいお色やと言わるるを取附きの浮世噺初の座敷はお互いの寸尺知れねば要害厳しく、得て気の屈るものと俊雄は切り上げて帰りしがそれから後は武蔵野へ入り浸り深草ぬしこのかたの恋のお百度秋子秋子と引・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それからゴーホを煮しめたとでも云ったしょうな「深草」や、田舎芝居の書割を思い出させる「一力」や、これらの絵からあらを捜せばいくらもあるだろうし、徒らに皮相の奇を求めるとけなす人はあるだろうが、しかし何と云ってもどこか吾人の胸の奥に隠れたある・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・ 宗之助の小町に、些も小野小町らしい大らかさも、才気もなく、始めから終りまで、妙にせっぱ詰った一筋声で我身を呪ったり、深草少将を憤ったりしたのは、頭が無さすぎた。 科白も始めの部分と終りの方とでは言葉使いが違っている。勿論台本がああ・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
出典:青空文庫