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淳和院奨学院との別当。もと両院それぞれ別当を置き、源氏の公卿で上位の者が命じられたが、のち、久我氏の世襲となった。室町時代、3代将軍足利義満が源氏の長者として両院別当となってからは、足利氏および徳川氏累代の将軍が将軍宣下 (せんげ) とともにこの称を継ぎ、明治維新に及んだ。

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