・・・ そんな風に心細いことを言っていたが、翌朝冬の物に添えて二百円やると、「これだけの元手があったら、今日び金儲けの道はなんぼでもおます。正月までに五倍にしてみせます」横堀はにわかに生き生きした表情になった。「ふーん。しかし五倍と聴・・・ 織田作之助 「世相」
・・・り同列の方々とは親しく交わり艱難を互いにたすけ合い心を一にして大君の御為御励みのほどひとえに祈り上げ候以上は母が今わの際の遺言と心得候て必ず必ず女々しき挙動あるべからず候なお細々のことは嫂かき添え申すべく候右認め候て後母様の・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・釣竿の談になりますので、よけいなことですがちょっと申し添えます。 或日のこと、この人が例の如く舟に乗って出ました。船頭の吉というのはもう五十過ぎて、船頭の年寄なぞというものは客が喜ばないもんでありますが、この人は何もそう焦って魚をむやみ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ わが子の労苦をねぎらおうとする心から、思わず私は自分で徳利を持ち添えて勧めた。若者、万歳――口にこそそれを出さなかったが、青春を祝する私の心はその盃にあふれた。私は自分の年とったことも忘れて、いろいろと皆を款待顔な太郎の酒をしばらくそ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ しまいを欠といっしょに言って、枕へ手を添えたと見ると、小母さんはその後を言わないで、それなりふいと眉毛のあたりまで埋まりこんでしまう。しばらく待ってみても容易にふたたび顔を出さない。蒲団の更紗へ有明行灯の灯が朧にさして赤い花の模様がど・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・、世にも幸福の物語を囁き交わさむとの御趣旨、ちかごろ聞かぬ御卓見、私たのまれもせぬに御一同に代り、あらためて主催者側へお礼を申し、合せてこの会、以後休みなくひらかれますよう一心に希望して居ることを言い添え、それでは、私、御指命を拝し、今宵、・・・ 太宰治 「喝采」
・・・見聞した事は詳細に書き留めて、領事の証明書を添えて、親戚に報告しなくてはならない。 ポルジイは会議の結果に服従しなくてはならない。腹を立てて、色々な物を従卒に打ち附けてこわした。ドリスを棄てようか。それは「絶待」に不可能である。少し用心・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 嵐は雨を添えて刻一刻につのる。波音は次第に近くなる。 室へ帰る時、二階へ通う梯子段の下の土間を通ったら、鳥屋の中で鷄がカサコソとまだ寝付かれぬらしく、ククーと淋しげに鳴いていた。床の中へもぐり込んで聞くと、松の梢か垣根の竹か、長く・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・わたくしは『今戸心中』がその時節を年の暮に取り、『たけくらべ』が残暑の秋を時節にして、各その創作に特別の風趣を添えているのと同じく、『註文帳』の作者が篇中その事件を述ぶるに当って雪の夜を択んだことを最も巧妙なる手段だと思っている。一立斎広重・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・と髯なき人が、すぐ言い添えてまたからからと笑う。女の頬には乳色の底から捕えがたき笑の渦が浮き上って、瞼にはさっと薄き紅を溶く。「縫えばどんな色で」と髯あるは真面目にきく。「絹買えば白き絹、糸買えば銀の糸、金の糸、消えなんとする虹の糸・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫