・・・僕は一時的清教徒になり、それ等の女を嘲り出した。「S子さんの唇を見給え。あれは何人もの接吻の為に……」 僕はふと口を噤み、鏡の中に彼の後ろ姿を見つめた。彼は丁度耳の下に黄いろい膏薬を貼りつけていた。「何人もの接吻の為に?」「・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・それはお目に掛けたいほど熱心なる馬鈴薯党でしたがね、学校に居る時分から僕は北海道と聞くと、ぞくぞくするほど惚れていたもんで、清教徒を以て任じていたのだから堪らない!」「大変な清教徒だ!」と松木が又た口を入れたのを、上村は一寸と腮で止めて・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・巌本氏は清教徒的の見地から、文学を考えているような人だったから、純文芸に向おうとするものは、意見の合わないような処が出来て来た。星野君の家は日本橋本町四丁目の角にあった砂糖問屋で、男三郎君というシッカリした弟があり、おゆうさんという妹もあり・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・イギリスはそれまで豊かだった中流層の経済力とともに安定していた清教徒風な、モラルのよりどころであった「純潔」の再検討によって。フランスはカソッリク的な純潔の現実的な定義に関して。 ゴールスワアジーの小説に「聖者の道行」という小説がある。・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・両親は富裕な清教徒であった。十一歳で父に死別した後、病弱な神経質体質の少年であるジイドは、凡ての悪行為、悪思考と呼ばれているものに近づくまいとして戦々兢々として暮す三人の女にとりまかれ、芝居は棧敷でなければ観てはいけません、旅行は一等でなけ・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・十八世紀の末に、清教徒が精神の自由を求めて新世界へ移住してきた封建的伝統を少くもった新興国である。移民した人々に対する英国の徴税とその君主支配に反対して独立戦争をおこして、勝利した。人類の理想、人道主義世界の擁護、平和の精神はアメリカ伝統の・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・ゴーリキイはこの旅行に正式に結婚していなかった妻を同伴したところ、アメリカの清教徒婦人の間からそのことで、講演開催に反対する運動がはじめられたのであった。 これらの活動でゴーリキイの肺病が悪化した。この旅行の帰途ゴーリキイは政治的移民と・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫