・・・ 不思議なことに、この一杯のアイスクリームの香味はその時の自分には何かしら清新にして予言的なもののような気がしたのである。 四 橋の袂 千倉で泊った宿屋の二階の床は道路と同平面にある。自分の部屋の前が橋の袂に当・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・しかし、たまには三原山記事を割愛したそのかわりに思い切って古事記か源氏物語か西鶴の一節でも掲載したほうがかえって清新の趣を添えることになるかもしれない。毎日繰り返される三原山型の記事にはとうの昔にかびがはえているが、たまに眼をさらす古典には・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ょっと見た時にはかつて夏目先生が云われたじじむさいような点や、一見甚だしく不器用なようみ見える描き方や、科学的幾何学的の不合理というようなものが目に付きやすい、それにかかわらず何とも名状の出来ぬ一種の清新な空気が画面に泛うている事は極端な頑・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ たしか浅井和田両画伯の合作であったかと思うがフランスのグレーの田舎へ絵をかきに行った日記のようなものなども実に清新な薫りの高い読物であった。その内容はすっかり忘れてしまったが、それを読んだときに身に沁みた平和で美しいフランスの田舎の雰・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・されど蕪村の句その影響を受けしとも見えざるは、音調に泥みて清新なる趣味を欠ける和歌の到底俳句を利するに足らざりしや必せり。 当時の和文なるものは多く擬古文の類にして見るべきなかりしも、擬古ということはあるいは蕪村をして古語を用い古代の有・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ しかも宗達は、こんなに柔軟で清新な芸術の世界で、いかにも微笑まれる技術の上の手品を演じている。 画面の左手に、あっさり鳥居がおかれている。画面の重心を敏感にうけて、その鳥居が幾本かの松の幹より遙に軽くおかれているところも心にくいが・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・日本では、一九三三年以後の社会と文学の形相があまり非理性的で殺伐であったために、その時期に青年期を経たインテリゲンチャの多くの人が、その清新生活では主として人民戦線のフランスに亡命した形があった。野間宏にしろ、加藤周一にしろ。それらの人たち・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・次に目につくのは小学教員、工場内で職工として働いている人の歌であり、これらの人々の歌には歌材として第三者への間接性があるにかかわらず勤労が必要としている日常の緊張から「間接を直接ならしめて、歌としては清新な、力強いものを生み出している」とい・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・わたしたちの眼がぱっちりと見ひらかれないで、睫がやにで半分閉されているようなとき、その眼を美しくするために冷たい水でもって眼をお洗いなさいというようなことを美容法では忠告しています。清新な眼を見ひらいた美しい匂やかなまなざしを、わたしたちは・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・ 或る小説に或る時代の反応が明かに提出されているということだけが芸術家を成仏せしめるものでもないし、読者に清新な精神の風を吹きおくるものでもない。現代のインテリゲンツィア作家は、自分が現実にどういう反応を示しているかということについ・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
出典:青空文庫