・・・ 父親は偏窟の一言居士で家業の宿屋より新聞投書にのぼせ、字の巧い文子はその清書をしながら、父親の文章が縁談の相手を片っ端からこき下す時と同じ調子だと、情なかった。 秋の夜、目の鋭いみすぼらしい男が投宿した。宿帳には下手糞な字で共産党・・・ 織田作之助 「実感」
・・・机の前に端座して生徒の清書を点検したり、作文を観たり、出席簿を調べたり、倦ぶれた時はごろりとそこに寝ころんで天井をながめたりしている。 午後二時、この降るのに訪ねて来て、中二階の三段目から『時田!』と首を出したのは江藤という画家である、・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・其方に手を執って世話を仕て貰うと清書なども能く出来るような気が仕た。お蝶さんという方は後に關先生の家の方になられた。其頃習うたものは、「いろは」を終って次が「上大人丘一巳」というものであったと覚えて居る。 弱い体は其頃でも丈夫にならなか・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・僕がそれを片はしから清書いたしますから。」 井伏さんも、少し元気を取り戻したようで、握り飯など召し上りながら、原稿用紙の裏にこまかい字でくしゃくしゃと書く。私はそれを一字一字、別な原稿用紙に清書する。「ここは、どう書いたらいいものか・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・元気を得て、さらに手を入れ、消し去り書き加え、五回ほど清書し直して、それから大事に押入れの紙袋の中にしまって置いた。今年の正月ごろ友人の檀一雄がそれを読み、これは、君、傑作だ、どこかの雑誌社へ持ち込め、僕は川端康成氏のところへたのみに行って・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・い、目的のためには手段を問わないのは、彼ら腕力家の特徴ではあるが、カンシャクみたいなものを起して、おしっこの出たいのを我慢し、中腰になって、彼は、くしゃくしゃと原稿を書き飛ばし、そうして、身辺のものに清書させる。それが、彼の文章のスタイルに・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・その中のおもな事を改めてここに清書しておきたいと思う。 宣伝という文字自身には元来別にそう押しつけがましい意味はなくてもよいように思う。道や教えを宣べ伝えるという事は、取りようではたいへん穏やかな仕事のように思われる。しかし同じ事で・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・図は次の月曜までに清書して出すことにした。ぼくはあの図を出して先生に直してもらったら次の日曜に高橋君を頼んで僕のうちの近所のをすっかりこしらえてしまうんだ。僕のうちの近くなら洪積と沖積があるきりだしずっと簡単だ。それでも肥料の入れようや・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ イエニーはカールの読みにくい原稿の清書もよくした。けれども、決してトルストイ夫人の「有名な清書」のようにではなく。 一八六七年、遂に世界的な名著『資本論』第一巻が出版された。カールは四十九歳、イエニーは五十三の時であった。 一・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 鶏舎に面した木戸の方へ廻ると十五の子の字で、雨風にさらされて木目の立った板の面に白墨で、 花園 園主 世話人 助手人と、お清書の様にキッパリキッパリ書いてある。 微笑まずに居られない。 気がついて見る・・・ 宮本百合子 「後庭」
出典:青空文庫