・・・では、自分にまだはっきりした愛の対象がない場合、その人が守るべき何かの清純というものはあり得ないのだろうか。貞潔ということは、一面から見れば、その人々の人間的な趣味のよさにかかっているとさえいえる。最も野生な人間は、食えるものは何でも食う。・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・五ヵ月後、彼が遂に死んだ時も、母はこの濁世に生きるには余り清純であった息子の霊界への飛翔という風に、現実の敗北を粉飾してその心にうけとったのであった。 その時十三ばかりの少女であった妹は、自分も自殺したら母が少しは可愛がってくれるように・・・ 宮本百合子 「母」
・・・ バルザックは、ユーゴオのようにギリシャ悲劇の教養を土台にして、その作品に美と獣性、淫蕩と清純な愛、我慾と献身という風な二元的な対位法を使い、ロマンティックな荘重さ、熱烈さ、高揚で、文体を整えることも出来なかった。バルザックはこれらの輝・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 結婚の本質をこうしてより人間らしい条件において扱い直そうとするとき、その結婚の清純を守る条件として、離婚の自由がもち出されて来る。主観的に、いやになったからわかれてやる、という態度が離婚の自由の正しい認識でないとともに、客観的には、離・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・ 空気の清純な田舎に育った青少年は結核菌に対して免疫が体内に出来ていない。生れたままの美しい肉体は病菌には非常にもろい。田舎の子は丈夫だ。田舎暮しからみたら東京の生活は比較にならないほどいい、と云われる言葉は、都会の空気に代々馴れて、結・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
・・・そこへふっさり幹を斜に空から後期印象派風の柳が豊富な葉を垂らし、快晴の午後二時頃人声もしないその小道を行くと、何と云おう――様々な緑、紅緑、黄緑、碧緑、優しい銀緑色の清純な馨ばしさ、重さ、燦めきが堆団となっていちどきに感覚へ溢れて来る。静け・・・ 宮本百合子 「わが五月」
・・・『婦人民主』の特色は、婦人をくいものにするすべての営利出版に抗して、清純、良心的な立場から発刊される点である。あくまでも、真摯な婦人大衆との協働によって、この小さい『婦人民主』を、愛するに足るものに育て上げたいと願っている。〔一九四六年・・・ 宮本百合子 「われらの小さな“婦人民主”」
・・・しめじ茸に至れば清純な上に一味の神秘感を湛えているように見える。子供心にもこういうふうな感じの区別が実際あったのである。特にこれらの茸と毒茸との区別は顕著に感ぜられた。赤茸のような鮮やかな赤色でもかつて美しさを印象したことはない。それは気味・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫