・・・道傍の氷店に入ってラムネ一瓶に夜来の渇望も満たしたればこゝに小荷物を預けて楠公祠まで行きたり。亀の遊ぶのを見たりとて面白くもなし湊川へ行て見んとて堤を上る。昼なれば白面の魎魅も影をかくして軒を並ぶる小亭閑として人の気あるは稀なり。並木の影涼・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 愛とか幸福とか、いつも人間がこの社会矛盾の間で生きながら渇望している感覚によって、私たちがわれとわが身をだましてゆくことを、はっきり拒絶したいと思います。愛が聖らかであるなら、それは純潔な怒りと憎悪と適切な行動に支えられたときだけです・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・けれども、私共、平の人間、真心を以て人間の生活、真の人生と云うものを掴握しようとする者が、互に生きているこの地上の人として、要求され、渇望される協力に、どうしてすげない拒絶が与えられるだろう。自分に窮乏が迫らない為、無邪気にも余り無知識であ・・・ 宮本百合子 「アワァビット」
・・・私は、衝動的に、晴々と拘りない地平線を飽くほど眺めたい渇望を感じた。大らかな天蓋のように私共の頭上に懸って居べき青空は、まるで本来の光彩を失って、木や瓦の間に、断片的な四角や長方形に画られて居る。息吹は吹きとおさない。此処からは、何処にも私・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・自分を生かせて呉れるものであると同時に自分を殺すものでもあるその力に働かされて、自分は止まれぬ渇望から、ささやかな努力と祈願とを、芸術の無辺際な創造的威力に捧げているのである。 この間中、田舎に行っていたうち何かで、或る作家が、女性の作・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・そこに、誰しも新しい政府を思い、その順序として選挙を思い、しかも、真に人民生活の向上をはかる実力ある、自分たちの政治を渇望するのである。偽りない主権在民を、実現したいと思うのである。その現実の力のつよさで、戦争というものの根絶された日本の民・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・だけれども、ほんとに平和と民族の自立を渇望している世界の人々のこころは、不安を感じていた。アメリカの正直な人々が自身の名誉ある民主主義の伝統を守るどのような能力を示すだろうかということに絶大の関心をもった。もしアメリカがその巨大な存在におい・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・ いくとおりかの例のうちで、誰の衷心にもその響にこたえるなにものかをふくんでいるのは、第二の若い人々の心情にある渇望についてである。これについて少し考えてみよう。人間社会の進展の原理が社会科学の立場から解明され、社会主義の社会、共産・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ この欲求は、こんにちに生きる私たち多くのものにとって理性の渇望となっている。 五年来、現代文学は、社会性の拡大、リアリティーのより強壮で立体的な把握と再現とを可能にする方法の発見を課題として来た。そのための試みという名目のもとには・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・そうあきらめて屈従する気分が、日本の女性の感情を重く鈍くかげらしていないのならば、こんなに負担の多い日々を営んでいる日本の女性によってこそ、もっと激しく、もっと決定的に平和への渇望が表明されていいはずだと思う。 日本の帝国主義は、日本の・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
出典:青空文庫