・・・女房はねんねこ半纏の紐をといて赤児を抱き下し、渋紙のような肌をば平気で、襟垢だらけの襟を割って乳房を含ませる。赤児がやっとの事泣き止んだかと思うと、車掌が、「半蔵門、半蔵門でございます。九段、市ヶ谷、本郷、神田、小石川方面のお方はお乗換え―・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・近頃ふと思い出して、ああしておいては転宅の際などにどこへ散逸するかも知れないから、今のうちに表具屋へやって懸物にでも仕立てさせようと云う気が起った。渋紙の袋を引き出して塵を払いて中を検べると、画は元のまま湿っぽく四折に畳んであった。画のほか・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・レデーは網袋の中へ渋紙包を四つ入れて右の手にさげている。この渋紙包の一つには我輩の寝巻とヘコ帯が這入っているんだ。左の手にはこれも我輩のシートを渋紙包にして抱えている。両人とも両手が塞がっている。とんだ道行だ。角まで出て鉄道馬車に乗る。ケニ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・頭のてっぺんが平べったいような、渋紙色の長面をした清浦子は、太白の羽織紐をだらりと中央に立っていたが、軈て後を向き、赤いダリアの花一輪つみとった。それを、「童女像」のように片手にもって、撮影された。 一ときのざわめきが消えた。四辺は・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・ 車から降りるのを見ていたと見えて、家主が出て来て案内をする。渋紙色の顔をした、萎びた爺さんである。 石田は防水布の雨覆を脱いで、門口を這入って、脱いだ雨覆を裏返して巻いて縁端に置こうとすると、爺さんが手に取った。石田は縁を濡らさな・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・こう云った一人の客は大ぶ酒が利いて、話の途中で、折々舌の運転が悪くなっている。渋紙のような顔に、胡麻塩鬚が中伸びに伸びている。支那語の通訳をしていた男である。「度胸だね」と今一人の客が合槌を打った。「鞍山站まで酒を運んだちゃん車の主を縛・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫