・・・「日は暮れるし、腹は減るし、その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし――こんな思いをして生きている位なら、一そ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」 杜子春はひとりさっきから、こんな取りとめもないこと・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ところがその後になって聞いてみると、その小説が載ってから完結になる迄に前後十九通、「あれでは困る、新聞が減る、どうか引き下げてくれ」という交渉が来たということである。これは巌谷さんの所へ言って来たのであるが、先生は、泉も始めて書くのにそれで・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・一念深く省作を思うの情は増すことはあるとも減ることはない。話し合いで別れて、得心して妻を持たせながら、なおその男を思っているのは理屈に合わない。いくら理屈に合わなくとも、そういかないのが人間のあたりまえである。おとよ自身も、もう思うまいもう・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そして弟子は減る一方で、塾はさびれ、彼の暮しは一層みじめなものになった。 そこで彼は、土地の軍楽隊に籍を置いたり、けちな管弦楽団の臨時雇の指揮をしたりして、口を糊しながら、娘の寿子を殆ど唯一人の弟子にして「津路式教授法」のせめてものはけ・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・冬になつて仕事が減る。そこへもつてきて、こやつらは、そうでなくても少ない分前を、更に横取りしようとする。この「友喰い」は労働者を雇わなければならない「資本家」を喜ばせる。――北海道の冬は暗いのだ。・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・従って、伊吹山は、この区域の東の境の内側にはいっているが、それから東へ行くと降雨日数がずっと減る事になるわけである。 何ゆえにこのような区域に、特に降水が多いかという理由について、筒井氏の説を引用すると、冬季日本海沿岸に多量の降雨をもた・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・暑いも寒いも、夜の更けるのも腹の減るのも一切感じないかと思われるような三昧の境地に入り切っている人達を見て、それでちっとも感激し興奮しないほどにわれわれの若い頭はまだ固まっていなかったのである。 大学へはいったらぜひとも輪講会に出席する・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ もしかわれわれ人間の胃の中にもこんな歯があってくれたら、消化不良になる心配が減るかとも思われるが、造化はそんなぜいたくを許してくれない。そんな無稽な夢を描かなくても、科学とその応用がもっと進歩すれば、生きた歯を保存することも今より容易・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・もしこの丙電車が規定よりc時間遅れたとしても、乙が遅れなかった場合よりはやはり nb だけ過剰収容数が減るわけである。もし丙が規定よりcだけ早ければ、この電車は n(b+c) だけ少ない人数を収容しただけで発車ができる。この結果はどうなるか・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・腹の減るのもつらかった。繰り返して教えてくれても、結局あまりよくはわからぬと見ると、先生も悲しそうな声を少し高くすることがあった。それがまた妙に悲しかった。「もうよろしい、またあしたおいで」と言われると一日の務めがともかくも・・・ 寺田寅彦 「花物語」
出典:青空文庫