・・・右のほうのバックには構内の倉庫の屋根が黒くそびえて、近景に積んだ米俵には西日が黄金のように輝いており、左のほうの澄み通った秋空に赤や紫やいろいろの煙が渦巻きのぼっているのがあまりに美しかったから、いきなり絵の具箱を柵の上に置いてWCの壁にも・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・流れの最も強い下流の方には方々直径七、八間ほどの漏斗形の大渦巻が出来ます。漁船などこれに巻込まれたら容易に出られなくなるそうです。汽船などでも流れの急でない時を見計らってでなければ通りません。図は前にも云った通り上げ潮の時の有様ですが、下げ・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・辻の広場には塵や紙切れが渦巻いていました。 広場に向かって Au canon という料理屋があって、軒の上に大砲の看板が載せてあります。ここからまた馬車の二階に乗ってオテルドヴィーユまで行きました。通りの片側には八百屋物を載せた小車が並・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ だるい、ものうい、眠い、真夜中のうだるような暑さの中に、それと似てもつかない渦巻が起った。警官が、十数輛の列車に、一時に飛び込んで来た。 彼は全身に悪寒を覚えた。 恐愕の悪寒が、激怒の緊張に変った。匕首が彼の懐で蛇のように・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 又三郎は来ないで、却ってみんな見上げた青空に、小さな小さなすき通った渦巻が、みずすましの様に、ツイツイと、上ったり下ったりするばかりです。みんなは又叫びました。「又三郎、又三郎、汝、何して早ぐ来ない。」 それでも又三郎はやっぱ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・そこには、小さなすきとおる渦巻きのようなものが、ついついと、のぼったりおりたりしているのでした。タネリは、また口のなかで、きゅうくつそうに云いました。「雪のかわりに、これから雨が降るもんだから、 そうら、あんなに、雨の卵ができている・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・猟犬座のは渦巻きです。それから環状星雲というのもあります。魚の口の形ですから魚口星雲とも云いますね。そんなのが今の空にも沢山あるんです。」「まあ、あたしいつか見たいわ。魚の口の形の星だなんてまあどんなに立派でしょう。」「それは立派で・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・それから青や紺や黄やいろいろの色硝子でこしらえた羽虫が波になったり渦巻になったりきらきらきらきら飛びめぐりました。 うしろのまっ黒なびろうどの幕が両方にさっと開いて顔の紺色な髪の火のようなきれいな女の子がまっ白なひらひらしたきものに宝石・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・その客観のうすら明りのなかに、何とたくさんの激情の浪費が彼女の周囲に渦巻き、矛盾や独断がてんでんばらばらにそれみずからを主張しながら、伸子の生活にぶつかり、またそのなかから湧きだして来ていることだろう。「伸子」で終った一巡の季節は、「二・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・のまきおこした渦巻とそれについての当時の感想がもらされている。「一連の非プロレタリア的作品」をめぐってくりひろげられた当時の情景は、さまざまの角度から劇的な一つの図絵である。わたしとしては、この経験から根本的な一つのことを学ぶことができ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
出典:青空文庫