・・・優雅、温柔でおいでなさる、心弱い女性は、さような狼藉にも、人中の身を恥じて、端なく声をお立てにならないのだと存じました。 しかし、ただいま、席をお立ちになった御容子を見れば、その時まで何事も御存じではなかったのが分って、お心遣いの時間が・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・「あんたは温柔しいな」と女は言った。 女の肌は熱かった。新しいところへ触れて行くたびに「これは熱い」と思われた。――「またこれから行かんならん」と言って女は帰る仕度をはじめた。「あんたも帰るのやろ」「うむ」 喬は寝な・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・男の子で温柔しくしているのもあった。穉い線が石墨で路に描かれていた。――堯はふと、これはどこかで見たことのある情景だと思った。不意に心が揺れた。揺り覚まされた虻が茫漠とした堯の過去へ飛び去った。その麗かな臘月の午前へ。 堯の虻は見つけた・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫