五月が来た。測候所の技手なぞをして居るものは誰しも同じ思であろうが、殊に自分はこの五月を堪えがたく思う。其日々々の勤務――気圧を調べるとか、風力を計るとか、雲形を観察するとか、または東京の気象台へ宛てて報告を作るとか、そんな仕事に追わ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・ アムステルダアム 測候所を尋ねて場末の堀河に沿って歩いて行った。子供の時分に夢に見ていた古風な風景画の景色が到るところ眼前に拡がっていた。堀河にもやっている色々の船も、渋くはなやかに汚れた帆も、船頭のだぶだぶした・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 洋画の方に「測候所」があると、日本画の方にも「測候所」及び「海洋気象台」がある。ガードやガソリンスタンドなども両方にある。それだのに、洋画の方には鎧武者や平安朝風景がない。これも不思議である。 帝展には少ないが二科会などには「胃病・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・近ごろ思い出して、急に材料を捜しにかかったが、容易に見つからず、とうとう彦根測候所に頼んで、同所の筒井百平氏から、必要な気象観測のデータを送っていただいて、それでやっと少しはまとまった事を考えるだけの資料ができた。ここで改めて筒井氏の御好意・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・ 現在測候所で用いているような風速計では感度が不十分であるから、何か特別弱い風を測るに適した風速計の設計が必要になるであろうと思われた。また一方とんぼの群れが時には最も敏感な風向計風速計として使われうるであろうということも想像された。・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・しかるに実用上の問題は如何なる程度までこれらの要素を実測し得るかという事なり。測候所の数には限りあり、観測の範囲、回数にも限定あり。特に高層観測のごとき一層この限定を受くる事甚だし。それにもかかわらず現に天気予報がその科学的価値を認められ、・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・二十一日の早朝に中心が室戸岬附近に上陸する頃には颱風として可能な発達の極度に近いと思わるる深度に達して室戸岬測候所の観測簿に六八四・〇ミリという今まで知られた最低の海面気圧の記録を残した。それからこの颱風の中心は土佐の東端沿岸の山づたいに徳・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・…… ……宿の小僧に連れられて電車で徐家ジカウェイの測候所を見に行く。郊外へ出ると麦の緑に菜の花盛りでそら豆も咲いている。百姓屋の庭に、青い服を着て坊主頭に豚の尾をたらした小児が羊を繩でひいて遊んでいる。道ばたにところどころ土饅頭があっ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・それで読者のうちで過去あるいは将来に類似の現象を実見された場合には、その時日、継続時間、降水の形態等についての記述を、最寄りの測候所なり気象台なり、あるいは専門家なりへ送ってやるだけの労を惜しまないようにお願いしたい。 これらの天象につ・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・そうして庭の樹立の上に聳えた旧城の一角に測候所の赤い信号燈が見えると、それで故郷の夏の夕凪の詩が完成するのである。 そういう晩によく遠い沖の海鳴りを聞いた。海抜二百メートルくらいの山脈をへだてて三里もさきの海浜を轟かす土用波の音が山を越・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
出典:青空文庫