・・・三人は東金より買い来たれる菓子果物など取り広げて湖面をながめつつ裏なく語らうのである。 七十ばかりな主の翁は若き男女のために、自分がこの地を銃猟禁制地に許可を得し事柄や、池の歴史、さては鴨猟の事など話し聞かせた。その中には面白き話もあっ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・いる数百の神烏にまじって、右往左往し、舟子の投げ上げる肉片を上手に嘴に受けて、すぐにもう、生れてはじめてと思われるほどの満腹感を覚え、岸の林に引上げて来て、梢にとまり、林に嘴をこすって、水満々の洞庭の湖面の夕日に映えて黄金色に輝いている様を・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ セコチャンは、自分をのみ殺した湖の、蒼黒い湖面を見下ろす墓地に、永劫に眠った。白い旗が、ヒラヒラと、彼の生前を思わせる応援旗のようにはためいた。 安岡は、そのことがあってのちますます淋しさを感ずるようになった。部屋が広すぎた。松が・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 静かに更けて行く湖面には、小さい螢が飛んで、遠い沼に、かえるが長閑に喉をころがして居ります。六月十七日 雑信 C先生。 雑信第一に於て、私は自分の仕事に対する近頃の心持を御伝・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 十日 夜一時半 夜露が深く湖面に立ちこめると見えて、うすらつめたく湿った空気があけた窓から入って来る。 明日は雨にでもなるかと思って、フト外を眺めると、何か、小さく光るものが目にとまった。 私が窓の方へ目を向けた其・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ 如何うして其那に笑うのだろう、卿等は―― 小粒な雨が、眠った湖面に玻璃玉の点ポツポツを描いても、アッハハハハと卿達は、大きな声で笑うだろう。 暗紅い稲妻が、ブラックマウンテンに燃立っても、水に跳び込む卿等は同じ筏から。・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
出典:青空文庫