・・・「嶽麓には湘南工業学校と言う学校も一つあるんだがね、そいつをまっ先に参観しようじゃないか?」「うん、見ても差支えない。」 僕は煮え切らない返事をした。それはついきのうの朝、或女学校を参観に出かけ、存外烈しい排日的空気に不快を感じ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・彼は、汽車の窓から見た湘南のうらゝかな別荘地を思い浮べた。金がない者は、きら/\した太陽も、清澄な空気も、それをむさぼり取ることが出来ない。彼は、これからさき、幾年、こんなところで土を掘りつゞけなけりゃならんか分らない。それを思うとうんざり・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 湘南あたりの浜で、漁船が出てゆくときまたかえって来たとき、子供もいれてそのまわりに働く女の様子も印象にきざまれている。 ヤアヤアというような懸声で舟のまわりにとりついてそれを押し出してゆくときの海辺の妻や娘たちの声々。それからまた・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・ 十月十四日 九月一日関東、湘南に大震があり、東京は三分の二焼けの原となった。 この為に、種々の思想的変化が生じた。 一つ自分の家について考えて見ても、今迄よいところがあったら移ろうと思って居た心持がすっかり・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・其故、私の見た時計に大した狂いのなかったことを信ずるなら、東京に近く、震源地に近い湘南地方の方が逆に遅れて、強く感じたと云うことになるのである。 その日は、一日、揺り返しが続き、私は二階と下とを往来して暮してしまった。一度おどかされたの・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫