・・・女性に同情はしながらも、その解放の為に叫びながらも、衷心の不満を押えられないで居る男子が、兎に角、自分というものを持って、ピチピチとはねる小魚のように生きて居るこちらの婦人は、満たされない或物を同様に満たす或物を持って居るのは争えない事実で・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 母の書を思い遣る時、自ずから、彼女の胸を満たす、無限に静穏な感謝が、鎮まった夜の空気に幽にも揺曳して、神の眠りに入った額へ、唇へ漂って行きそうな心持がした。 愛する者よ、我が愛するものよ、 斯う呼ぶ時、自分は彼という一つの明か・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・近頃の自然こそ、人間が眠っている暗い夜の間にも巻葉の解かれるサッサッと云う微な戦ぎで天地を充たすようだ。 雨はやんだらしいが、雲は晴れないと見え、硝子窓の外は真暗闇だ。楓の軟かい葉から葉に伝って落ちる点滴の音がやや憂鬱に響いて来る。夜の・・・ 宮本百合子 「新緑」
・・・アメリカは安い商品を如何に多く市場へ販売するかという資本家の慾に発足した商品の大量生産であるが、ソヴェトは目下非常に購買力の高くなったプロレタリアに如何に早く多くの購買力を充たすかという点から起って来る大量生産だ。まだ経済的に余裕がないし、・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・けれども、これほど貧しい頭を持ち、これほど磨かれない魂の自覚に苦しめられながら、それを満たすために、輝やかせるために、自分は独りであらゆる破調に堪えて行かなければならないのか…… 彼女は実に悠久な悲哀に心を打たれた。 けれど・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・――その望みが協って、此程、僅かな日数ではあったが、其処に滞在して、一種の渇望を満たすことが出来たのは、此上ない幸福でありました。 元来、旅行好きな私は、いま迄、随分色々な処を訪れて見ましたが大抵は失望しました。いつも私の想像したツマリ・・・ 宮本百合子 「「奈良」に遊びて」
・・・「お祖父さん、今日は『満たすものなり』を抜かしたよ」「嘘だろう?」不安そうに疑りぶかく祖父は訊いた。「抜かしたんだよ!」 ゴーリキイは宙で祖父が忘れた祈祷のきまり文句をとなえる。祖父は極りわるそうに瞬きしながらゴーリキイの記・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 只、私の胸をときどきに満たす、彼の遙かな、しみじみとした、人間らしい感動に一寸でもひたらせて遣りたい、あげたいという心持である。 其等の感謝から起った、何か上げたいな、という心持は、今日自分にこまこました玩具だの、袋だのを買わせた・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・若しストライキが起るとすれば、若し大衆的行動が現場に起るとすれば、今日、それは勤労し生産する者が単に労働条件を改善するというばかりでなく、社会的必要を満たすためにより能率を増進し、より生産を増大させて、生産の真の民主化を計ろうとするためであ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・私達は、その金を基礎として、当然人民の日常生活必需を充たす方法が考えられているのだろうと思っていた。しかし政府がしようとしていることはそうではなかった。その金で、戦時公債償却をするということである。それから軍需生産者に、補償金として支払われ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫