・・・ ずっと歩いて行って見たら、空地に向った高いところに、満州国からの貴賓を迎えるため赤や緑で装飾された拡声機が据えつけてあって、そこから「年齢十六歳前後、住む込みで月給七円、住みこみで月給七円」と夕空に響いているのであった。 私はパパ・・・ 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
・・・という程度のところに引止められていて、生活のあらゆる重荷にひしがれながらせめてもの息のつきどころ、自分ひとりの金のかからない慰め、現実からの逃げ場所として和歌でもつくっているのであると思います。満州問題がおこって以来、婦人雑誌を読む女のひと・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・ 男や軍人が書いたのでは陳腐だというので、警察官の女房などにわざわざ「満州里遭難血涙記」を書かせ、公爵近衛文麿の戦争をけしかける論文。今ジェネヴで「泥棒にも三分の理」にさえならぬ図々しい屁理屈をこねている日本帝国主義の三百代言松岡洋右の・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・裁判は急転直下、有利に解決し、今度は乾分をやった方の男が音頭をとって経営しはじめたが、この男は満州へばかり度々出かけるし、濫費するので、遂に専務をやめざるを得なくなった。 ここへ別の一人物が登場して来る。某大銀行の持っているドックで働い・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・ かえりみれば、これまで私たち日本人が教えこまれていた日本の歴史は、むきになって強調されていた上代の神話と、後代の内国戦の物語、近代日本の支那・ロシア・朝鮮・満州などにおける侵略戦争とその植民地化との物語であった。その時代時代の軍事上の・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・翌六年満州事変が始ってから、あらゆる婦人参政権獲得に関する運動は、軍事目的のために圧倒され、婦選案などは議会にとり上げられさえもしなくなって来た。その頃から、本年八月迄、十四年の間、日本の婦人運動は辛うじて母子保護法を通過させたのみで、炭鉱・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
二、三日前の新聞に、北満の開拓移民哈達河開拓団二千名の人々が、敗戦と同時に日本へ引揚げて来る途中、反乱した満州国軍の兵に追撃され、四百数十名の婦女子が、家族の内の男たちの手にかかって自決させられたという記事がありました。・・・ 宮本百合子 「講和問題について」
・・・それからカザアキ騎兵の士官になってシベリアへ遣られて、五年間在勤していて、満州まで廻って見た。その頃種々な人に接触した結果、無政府主義になったのだそうだ。それから彼得堡の大学に這入って、地学を研究した。自分でも学術上に価値のある事業は、三十・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・この本と南江堂で買ったロシア、ドイツの対訳辞書とがあったので、私は満州にいる間、少なからぬ便利を感じた。 私が満州で受け取った手紙のうちに、安国寺さんの手紙があった。その中に重い病気のためにドイツ語の研究を思い止まって、房州辺の海岸へ転・・・ 森鴎外 「二人の友」
『青丘雑記』は安倍能成氏が最近六年間に書いた随筆の集である。朝鮮、満州、シナの風物記と、数人の故人の追憶記及び友人への消息とから成っている。今これをまとめて読んでみると、まず第一に著者の文章の円熟に打たれる。文章の極致は、透明無色なガラ・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫